※時系列:付き合って最初の2月
昼休み。提出予定のプリントを届ける用事で、わたしは職員室にいた。
先生がいないか視線を彷徨わせて、ある景色が目に入った。きゅっとお腹に力が入り、一気に心がざわついていくのを感じる。
綺麗に整頓された皐月の机の上には、お菓子が積み上がっていたからだ。
今日はバレンタイン。だから何って去年までのわたしならスルーしてたけど、こ……いびとができた今年からは別だ。
あらかじめ皐月にどんなチョコがいいか相談して、厳選した高そうなやつを東京まで出向いて買った。
いちばん最初に食べてほしいから、朝一で渡した。
『すごく美味しいよ。たっぷりのエネルギーと愛情、ごちそうさまです』
朝食後に皐月はさっそくデザートとして食べてくれて、すっごくにこやかな笑顔で感想となでなでを添えてくれた。
それだけで今日の大方のミッションは達成できたし、友人たちと友チョコも交換したし。
いいバレンタインだったねで終わるはずだったのに。
「…………」
「彰子?」
皐月の帰りを待って、助手席に腰掛けて。
その間ずっと、わたしは挨拶以外の言葉が出てこなかった。気づいてほしいというわがままから、沈黙を貫く。
皐月も子供の駄々を感じ取ったのか、やがてカーラジオの音を絞って話しかけてきた。
「あー……、その。チョコは彰子がくれたもの以外食べてないよ」
回りくどい言葉で濁さず、直球で渦巻く感情の根拠に触れられる。
嫉妬するってわかってるならちゃんと拒否って、って反発しそうになるけど。
でも、拗ねた波を引きずって皐月を困らせたいわけじゃない。
彼女の立場上、できないことも分かっている。
「いいよ、わたしが割り切れてないだけだし。チョコは一緒に食べよ。生徒から好かれる先生はいいことだし、仕方ないよね」
皐月だけでなく、職員室をざっと見回したところ。他にもチョコをわんさかもらっている先生はいた。
本田先生とかすごかったな、机見えないくらいだもん。消化するの大変そうだ。
「うーん。でもやっぱり、本命と義理は自分の中で分けたいからさ。こっちはおやつの材料にしちゃうね。今日はチョコフォンデュにしてあげるよ」
本命。そう皐月から言葉にされただけで、頬に熱がじわりと這い出してきた。ぎゅっと袖口を握りしめる。
捨てるのは失礼だし、もらった以上は食べないといけない。その妥協案が、べつの料理で再利用という形だったのだろう。
「いいけど……またわがまま言っていい?」
「どうぞ?」
「そのおやつはわたしに作らせて」
皐月が食べるものは、自分の手作りとして出してあげたい。まあわたしも食べるけどさ。
くだらない対抗心だけど、これだけは譲りたくなかった。
「うん、いいよ。楽しみにしてる」
「飽きてきたら言ってね。そんなすぐ痛むものでもないし」
「もちろん。彰子も学校あるのに毎日は疲れるだろうし、数日置きとかの感覚でいいよ」
いちおうこんな形で、わたしの嫉妬心はおさまった。
マンションに到着して、車を停めたところで。突然皐月から抱きつかれて目が点になる。
「彰子はかわいいなー」
「ちょ、ちょっと」
頭をがっちり固定されて、よっしよしと背中を乾布摩擦でもするかって勢いで撫でられる。
まだ嫉妬してるのかなと気遣って、スキンシップを取ってくれたのかもしれない。
皐月の豊かな胸部に頬を押し付けると、コートのちくちくした繊維を感じた。
「どうしたの、こんなとこで」
「あー、うん、浮かれちゃって。彰子には悪いけど」
「え?」
「妬いてるって気づいたら、すごく可愛がりたくなっちゃったわけです」
な、なんだそれ。自分でもめんどくせー女だなって呆れてたのに、皐月は別だったらしい。
……でも、面倒だと思っていても止めようがないのだ。
わたしは平凡で、美人でもないしこれといったとりえもない。彼女という立場であっても、不安は常にある。
自分より魅力的な女なんてわんさかいるし、どうしたらずっと恋人の隣をキープできるだろうって。
片思いだった頃よりもひどくなるなんて、思いもしなかった。
「自分だけをこんなに強く求めてくれるって、すごく幸せだなって。掛け替えのない愛らしさがあるんだよ。それは他の子じゃ絶対に出せない」
「……そっか」
車内の暖房はとっくに切れているのに、皐月の腕の中はこたつに潜っているみたいに熱い。
熱くて、汗を覚えてきた。
わたしの欲しい言葉を、皐月はいつだって的確にくれる。
こんな自分でも可愛がってくれるのなら、もっと夢中にさせたい。
いまできる最大限のアピールのため、わたしは皐月に焦点を合わせた。
「そんなに、かわいい?」
「キスしたくなっちゃうくらいね」
「じゃあ、ここであげる」
今日はわたしが愛を伝える日なんだから。
皐月が目を閉じるより速く、わたしはそっと唇を寄せた。
直後に後頭部にぐっとしがみつかれて、もっととおねだりされる。
いとおしい。
皐月が満足してくれるまで、わたしはいっぱいおかわりの口づけを授けた。