設定の裏話、第二回です。前回は蒼龍郡という辺境の話でしたが、今回はリクエストをいただいた、翠玉朝という国そのものの建国史を書きたいと思います。本編でも44話で軽く触れている内容ではありますが、今回はその裏話ということで、元ネタの開示や「なぜ話の流れがこういう形になったのか」という背景の方を書いていこうと思います。
お気づきの方も多いと思いますが、翠玉朝のモデルは中華最後の王朝・清朝です。在位期間もモデルとなった人物に意図して揃えていて、第二代・世康帝の六十一年在位は第四代康熙帝そのまま、現在の玄瑞帝の時代は乾隆帝の時代に重ねています。
実はこの世界、史実とのリンクをかなり意図的に作っています。趣味というよりは仕掛けで、史実のロジックを下敷きにすることで、元ネタを知っている方には別の楽しみ方をしていただける、知らなくても物語として成立する、そういう二重底を狙っています。
清朝が明朝を倒したように、翠玉朝も前王朝・玉鳳朝を倒して建国されました。本編ではちらりとしか触れていませんが、この崩壊に関わったのが「四人の復讐者」です。蕭隆聞(丞相)、夏姫芙(皇太子の側室)、李風澤(将軍)、魏星寿(大商人)。それぞれが独自に復讐を企て、偶然絡み合って王朝を内側から崩した、という構造です。
そしてこの中で、最初に決まったのが蕭隆聞でした。彼のモデルは史実の于謙(う けん)と洪承疇(こう しょうちゅう)をイメージした人物でした。
于謙は、明朝中期の「土木の変」(一四四九年)で英宗が瓦剌に捕らえられた直後、エセン軍が北京に迫った時、兵部尚書として南遷論を退けて徹底抗戦を主張し、即座に景泰帝を擁立して北京を守り抜いた英雄です。「明朝の盾」となった文官の典型ですが、後年、英宗の復辟(奪門の変)後の政争に巻き込まれ、反逆罪を着せられて処刑されました。
洪承疇は、明朝末期の進士で、薊遼総督として清朝(当時は後金)の侵攻を長年防ぎ続けた、文官出身の徹底抗戦の名将です。しかし松山の戦いで捕虜となって清朝に降伏し、以後はホンタイジとドルゴンの側近として、北京占領と南方平定を内側から支援することになります。明朝の指導者が「清朝の刃」へと反転した人物です。
蕭隆聞は、于謙のような文官かつ防衛指導者としての経歴と、洪承疇のような「裏切って敵側に協力した」転落の構図を併せ持つ、複合的なキャラクターです。学才に秀でて科挙の最高位(状元)を取り、丞相にまで上り詰めながら、朝廷の腐敗と娘の冤罪事件を機に心が折れ、最後は玉京の城門を内側から開ける。彼が城門を開けた瞬間に玉京の民衆も軍人も喝采をあげた、という設定にしたのは、明朝が蔑ろにしてきた数々の英雄への哀悼を込めています。
そしてもう一人、李風澤のモデルは史実の袁崇煥(えん すうかん)です。明朝末期の名将で、文官出身ながら遼東経略として後金の侵攻を防ぎ続けた人物です。寧遠でヌルハチを倒し、その時のケガが元でヌルハチは死にました。また、寧錦でホンタイジを退けた、まさに明朝の盾でした。それが朝廷の猜疑と讒言によって「敵と通じている」と疑われ、最後は凌遅刑にかけられます。本作の李風澤も、能力ある武人が貴族たちの陰謀で見殺しにされ、家族まで殺されたあげく、その復讐心から自軍を内側から壊し始める、という構図で、袁崇煥の運命を借りています。
こういう人たちの歴史を見ると、滅びるべくして滅んだ王朝、徳を失い天が見限ったと言っても良いと思います。
それから夏姫芙ですが、この方も当初から構想にあった人物です。本編には直接登場こそしていませんが、本作の宦官勢力の歴史は彼女から始まります。夏姫芙が宿していた皇太子の遺児が宦官勢力に匿われていく血脈は、史実の崇禎帝の三人の皇子に重ねています。崇禎帝には皇太子・朱慈烺(しゅ じろう)、定王・朱慈炯(しゅ じけい)、永王・朱慈炤(しゅ じしょう)の三人の皇子が生き残りますが、長男は翌年に処刑、次男は完全に消息を絶ち、三男の朱慈炤だけが市井に身を潜めて六十年以上を生き延び、康熙四十七年に七十五歳で発見されて家族十三人もろとも処刑されました。そしてこの「行方不明の皇子たち」を旗印に、清朝初期から康熙年間にかけて、彼らを名乗る「朱三太子」が各地で明朝復興の反乱を起こし続けます。清朝が百年近く悩まされた、極めて象徴的な脅威でした。本作で「夏姫芙の血脈」が姿を見せないまま百年を超えて翠玉朝を内側から脅かし続ける構造は、この朱三太子伝説を借りたものです。
(・・・と書いていますが、中国語のWikipediaやネット記事を日本語訳しベースとしていますので間違っていたらごめんなさい)
ちなみに、四人の復讐者の元ネタは、銀河英雄伝説の「ラグラン・グループ」です。原作のラグランをそのまま借りると蕭隆聞と李風澤、夏姫芙では一人足りなかったので、そこから追加で魏星寿を考え出した、というのが大まかな流れです。
玉京入城後、テムル(玄烈)は三人の協力者を順番に粛清します。これは漢の劉邦が韓信ら功臣を殺したパターン、朱元璋が建国の功臣をほぼ皆殺しにしたパターンを重ねたイメージです。建国の英雄ほど、自分と同じことを他人にされたら困ることを知っている。一旦使った道具は消すという、建国者の冷たい合理性です。
夏姫芙が「混乱に紛れて姿を消した」と書きましたが、彼女は忠実な宦官・李朔と共に落ち延びていました。そして、当時夏姫芙が宿していた皇太子の遺児(男子)を、李朔は密かに保護して育てます。ここから百年以上続く宦官たちの「玉華復権大計」が始まりました。
少しこの三代の系譜について書かせてください。
初代・李朔は、計画の発端の人です。玉鳳朝崩壊時、夏姫芙と血筋を守って落ち延び、後の宦官ネットワークの最初の輪を作りました。彼が死ぬまでに残したのは、血脈と、志を同じくする仲間たちです。
二代目・王機(おう き)の時代は、計画の「準備期」です。約七十年前から十五年前まで、彼は宮中での宦官勢力の地位を地道に引き上げ、霆瑪族の弱点を分析し続けました。彼の最大の業績は「人を育てたこと」で、後継者となる三代目・白無涯を十五歳で見出して特別な教育を施し、また後に表の指導者として立てることになる韓文淵も育成しています。王機は計画を完成させはしませんでしたが、計画を成し遂げる人材を残したわけです。
そして三代目・白無涯(はく むがい)が、第一章の黒幕です。第一章時点で三十三歳。表向きの地位は内廷司書庫管理官(正七品)という下級職にすぎず、宮中の表舞台にはほとんど出てきません。それは意図的な選択で、彼は徹底して影に徹しています。先代・王機から二十八歳の時に全ての秘密、宋正明の血統、協力者の名を継承し、そこに現代的な戦術(情報戦、世論操作、段階的計画実行)と、常闇君復活というより劇的な正統性確立の手段を独自に組み込みました。若くして宦官になったため声変わりもしておらず、女性的とも形容される美しい容貌の青年ですが、その内側には百年の宿命を背負う冷徹な意志があります。
そして表の指導者として宦官勢力を率いるのが、韓文淵(かん ぶんえん)です。第一章時点で五十八歳、司礼監太監(従二品)という宦官最高位の地位にあり、宮中の宦官たちにとっては彼が組織の最高指導者として認識されています。命令も決定も、表向きはすべて韓文淵の名で出されます。
しかし韓文淵自身は、白無涯への絶対的な忠誠を貫いています。白無涯が二十歳の時に対面して以来、「この人こそが悲願を成し遂げる者」と確信し、自らはその影(身代わり)に徹してきました。そして彼は、もし計画に綻びが生じた時には、表の最高指導者である自分がすべての責任を一身に被って処断される。いわゆる「尻尾切り」を、最初からその覚悟で引き受けています。白無涯を生かし、計画を続けさせるために。本編で韓文淵がたどった結末も、彼の覚悟によるものです。
宦官たちが、なぜ翠玉朝の支配層である霆瑪族を裏切って玉華族の遺児に肩入れし続けたのか。宦官は去勢によって自分の血脈を絶たれた者たちで、実の一族への帰属を失った彼らにとって、「真の皇室」に仕えることが唯一の精神的支柱になります。霆瑪族の朝廷で「偽りの忠誠」を演じながら、本当の主君は玉華族という二重の生を、彼らは百年以上続けてきました。
作中で触れていますが、翠玉朝では宦官に政治権力が与えられていません。これは史実の清朝に倣ったもので、清朝・順治帝が紫禁城の交泰殿に立てた鉄牌が元ネタです。明朝の宦官専権を反省して、清朝は宦官の政治介入を制度として厳しく禁じました。
翠玉朝の宦官たちが百年もの間、表立って動かず密かに準備を進めていたのは、まさにこの制度のためです。表に出れば即座に処断される。だから水面下で、何代にもわたって少しずつ活動していました。
宦官たちが百年動けなかったもう一つの大きな理由が、鐡親王、玄鉄の存在です。
彼は太祖武帝(玄烈)の弟で、玄烈の右腕として北方征伐を共に戦い、後に幼君だった世康帝の摂政を務めた人物です。お気づきの方も多いと思いますが、モデルはドルゴン(多爾袞)です。清朝建国期に順治帝の摂政として実質的な権力を握り、明朝残党と宦官派閥を徹底的に押さえつけた摂政王です。
鐡親王が目を光らせていた間、宦官たちは絶対に表立った行動を取らなかった。「宦官は決して動けない」という監視と恐怖の体制を、鐡親王が後世に残したわけです。
それでも宦官たちは粛々と準備を続け、百年が過ぎました。そしてついに、現皇帝・玄瑞帝の即位です。先に書いた通り、モデルは乾隆帝です。
実は玄瑞帝の即位は、当時かなり意外な結果でした。他にも有力な皇位継承候補が何人かいたのですが、それを一気に翻して玄瑞が選ばれたという経緯があります。これを見て宦官たちは判断しました。「あの若造に何ができる。今こそ動く時だ」と。
百年待った宦官たちが、ついに表に動き出した本編で皆さんがちらほら見ている宦官勢力の動きは、まさにこの決起の物語です。
宦官たちが用意した「玉華族の正統な後継者」が、第一章に登場した宋正明です。彼は夏姫芙の血脈の四代目の末裔。実直で誠実、戸部の有能な官僚、本人の人格はまったくの善人なのですが、彼の周囲は完全に宦官たちにコントロールされています。
この人物の元ネタは、実を言うとトゥルーマン・ショーの主人公トゥルーマンです。1998年の映画で、トゥルーマンは自分の人生がテレビ番組として撮影されている世界に住んでいることを知らずに育てられている、という話です。家族も友人も近所の人も、全員が役者。世界そのものが作り物。
宋正明もまったく同じ構造です。養父母も、師匠も、同僚も、友人と思っている人物のほとんどが、宦官勢力が配置した役者。彼が日常会話で耳にする「玉華族こそ天下を統べるべき」という思想は、自然な雑談の中に何百回となく刷り込まれてきたもの。彼自身はそれに気づいていません。彼の中に悪意はない。ただ、彼が信じている「正義」は、百年かけて宦官たちが彼の頭の中に組み立てたものなのです。
ちなみに、夏姫芙、彼女は玉華族ではありません。彼女は南方の小国・銀越国の公主として生まれ、政略結婚で玉鳳朝に嫁いだ人物で、血統的には玉華族の血が一滴も入っていません。
それなのに、彼女が宿した皇太子の子(の血脈)は、宦官たちにとって「玉華族の正統後継者」と扱われます。これは、父親(皇太子)が玉華族であれば母親が他民族であっても子は玉華族として扱う、という儒教の宗法制度に基づく「父系血統の論理」が背景にあります。
中国の父系血統主義の面白いところは、血が入っていれば同胞、血が違えば、それまでの恩義よりも血を優先して急に対立に転じる、ということが起きるところです。父系の血を絶対視する独特のロジックですね。私の頭の中にこの感覚の記憶がずっと残っていて、宦官たちが宋正明という存在を「正統」と信じて疑わない設計の核に据えました。
それから、本当はもう一つ入れたかった史実のエピソードがあったので、最後に蛇足ながら書かせてください。
それは一六一九年のサルフの戦い(薩爾滸の戦い)です。明軍が十万の大軍を四方面に分けて、ヌルハチの本拠ヘトゥアラを包囲しようとした作戦に対して、ヌルハチは集中運用した六万の兵で各路の明軍を順次撃破し、大勝した戦いです。明・朝鮮連合軍は四万五千の死傷者を出し、これが明清交代の決定的なきっかけになりました。これは、軍事史的にも美しい各個撃破戦の典型例として知られています。これをテムル(玄烈)の南方征伐に重ねたい気持ちが強かったのですが、話が無駄に長くなってしまうので、今回は諦めました。いつか、どこか別の場面で書ければと思っています。
ちなみに、このサルフの戦いで戦死した明軍の将軍・劉綎(りゅうてい)は、二十程年前の秀吉による朝鮮出兵(文禄・慶長の役)にも明軍の副総兵として参加し、日本軍と戦っていた人物です。日本軍と戦った将軍が、後年に女真族(満州族)の騎馬軍と戦って戦死する。歴史というのは、こういう思いがけないところで人と人が繋がっていく面白さがありますね。
今回はかなり長くなってしまいました。
翠玉朝という国は、清朝という具体的な歴史をベースに、四人の復讐者、玄烈の粛清、鐡親王、そして宦官たちの動きにプラスして、トゥルーマン・ショーや銀河英雄伝説のような現代の物語の構造を組み込んで、私なりの「異世界の歴史」にしました。
こうして元ネタを一つひとつ並べてみると、私の「好き」というものは、父が家に大量に積んでいた歴史書や歴史小説(銀河英雄伝説もその中の一冊でした)、それから母が読んで本棚に残してくれたアガサ・クリスティー、エラリー・クイーンなどの推理小説、そういう本棚の中で育ってきたんだな、と改めて痛感しています。
次回も、何か裏話を書いていきたいと思います。リクエストがあれば、ぜひ教えてください。