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犬王が最高!

南北朝時代のボヘミアン・ラプソディだコレ!


評判いいから観たいけど、古川日出男氏の原作とか能とか詳しくないんだよな……という心配は五分で吹っ飛んだ。
イカれた琵琶法師を紹介するぜ!ボーカル!ギター!火吹き芸!南北朝時代にコールアンドレスポンスも蛍光塗料もワイヤーアクションもねえよ!もういいや!ロックフェスだこれ!

すごいアニメ映画でした。


現代の雑踏の片隅に座り込む琵琶法師の語りから物語は始まる。

時は源平合戦が終わり、南北朝時代。
都の猿楽の一座に生まれ、瓢箪で顔を隠された異形の少年・犬王と、壇ノ浦で平家の遺物を引き上げたことで呪いを受け、父と視力を失った琵琶法師の少年・友魚が出会い、歴史に掻き消された平家の物語を語りながら成り上がっていく。

ふたりの出会いまでの表現もすごくいい。友魚は盲しいた目から、犬王は瓢箪に開けた穴から、どちらも制限された視界で世界を見ている。

友魚は流浪の旅の中で琵琶法師に出会ったことで霞んでいた視界に色が灯り、彼に平家物語や都を教わって、カメラが健常な視点と変わりなく全体を写すようになる。
何かを知ることで世界を見るための目が生まれるというのは、失われた物語を知らしめて、自分たちがいたことを伝えるのがテーマの作中全編を通して使われている演出だ。

犬王も獣同然の暮らしから、友魚に会ったことで芸を極める道が開けていく。


犬王と友魚の平家物語は比喩じゃなくロックだ。
琵琶をギターに、鼓をドラムに、能はブレイクダンスに変えて、川の下の貧民街からロックフェスでブチ上げる。

埋もれていた逸材が集まってトントン拍子で駆け上がり、話題をかっさらいながら有名になるのを、音楽を混ぜてハイスピードに見せていくのはボヘミアン・ラプソディによく似ている。

ビルボードのコメント風に都の老若男女が犬王を批評するシーンもそれっぽい。
御前で芸を見せる前、御殿から楽屋裏まで舐めるような長回しで写して、犬王と友魚が舞台に上がる場面はライブエイドそのものだ。WE WILL WE WILL ROCK YOUするライブもある。本当だよ。

また、異形に生まれついた犬王は芸をひとつ極める度、身体が人間に近づいていくのはどろろっぽい。
人間になるのは社会で認められるのと同時に、逸脱者でいられた自由が奪われ、否応無しに人間の型に当てはめられていくことを意味する。


「わかる」の語源は「分ける」だそうだ。
犬王と友魚の語る平家物語は名が売れるにつれて、天下人に不都合なものとして規制され、権力闘争に掻き消されていく。

平家物語は多くの写本が現存するのが特徴だ。
有名な覚一型(「一」を名前に冠する琵琶法師の一座は作中にも出てくる)以外にもたくさんの派生作品がある。
後世の統治に都合よく清盛の悪事を強調するもの、庶民ウケのいい悲恋話を増やしたものなど様々だ。


失われた物語を伝えるということは、他人に勝手に解釈され、社会的な意味をつけられることから逃れられない。

人間に理解できる記号としての名前もそうだ。
作中で何度も出る「名前を変えると見つけられなくなる」という言葉。

※ここから少しネタバレ。


友魚は一座で友一の名をもらい、壇ノ浦の海から切り離され、琵琶法師になる。
名前に翻弄される友魚にとって、名無しの自分に自ら名をつけた犬王は世界を変えた存在だろう。

彼に倣って、友魚が名乗った名前は友有。
世間が忘れていても俺たちはここに有るぞという意味だ。
有の字の成り立ちは、「手」と神に捧げる血肉の意味での「月」。

友魚と出会って犬王は人間の腕を取り戻す。
そのとき、歌った「腕も落ち、首も落ち」は、河原で斬首の憂き目にあった友魚の末路でもある。
彼が最期に名乗ったのは、最初の名前の友魚。

彼ら犬王のためにいた友有を殺させないため、ただの友魚として死んだんじゃないだろうか。
犬王が仲間のため、能楽を続けるため、今までの物語を捨てたとしても。


失われた物語は消え、犬王の詳細が残らない現世まで彷徨う亡霊となった友魚を、犬王が迎えに来る。
六百年かけて神はちゃんと捧げ物を受け取りに来た。

芸術が人に知られるほど、社会に翻弄される避けようのない事実をどうすればいいのだろう。
彼らが行き着いた答えはまだ何者でもない頃から見ていてくれた、たったひとりがわかってくれればそれでいいという、小さくて大事なもののように思えた。

「俺とあんたで見届けようぜ」で始まり、不特定多数の「あんた」に持ち上げられて消されてしまった物語は、犬王と友魚の「俺とあんた」ふたりで終わる。


自分はとても面白かったし大好きな映画だけど、和風アニメでロックフェスというピーキーな話なので、家で何かノイズがある状態で観たらここまで楽しめなかったんじゃないかなとも思う。
映画館で観るのがお勧めです。音響すごいし。

1件のコメント

  • いつにもまして熱弁ですね。
    それだけでも、面白かったのが伝わります。

    脚本、野木亜紀子、気になる。
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