これで「もし君がイエスと言ったら」3月末、ミステリーズ!投稿し終わったら「100ページ以上の作品を書く」「書きかけの作品をほったらかしにしてはいけません」をクリアして、もう書くの辞めるつもりだったのです。小説を書くのは、メンタル・デトックスが目的で、過去の恨みつらみを小説の題材として取り込み、「ネタとして使えたから無駄じゃなかったわ」とサラリと(ドロドロと)昇華させて「あースカッとした。これで未練なく死ねる」予定だったのです。
私にとっては書いてる時の楽しさが全て。完成した作品は、さっさと穴掘って埋めて、墓標に「赤い靴1」と書いて、「さ、次行こう」なのです。投稿は締め切りと、ページ数というモチベーションをもらう為、カクヨムにきたのは、「やりました」という証拠に「源公子作品セメタリー」を作る為だったのでした。「還暦過ぎた婆様の書く作品なんて誰も読まないよ」と思っていたので。そしたら、コバルトは「もう一歩」二回もくれるし(パソコン教室の先生喜んで泣きそうになってた)カクヨムでは、星がつくやら、フォローしてくれる人がいるやら。想定外! 何かの間違いだ!
「今辞めるなんて、もったいないじゃないですか!」パソコン教室教師SI。「書けるだけでもすごいです」web投稿代わりにしてくれたS嬢。「もっと、行間を読ませろ、たたみ掛けろ、アイデアはいい」S嬢のお母さんで50年来の友人。(ごめん、字数制限が。後で直します)「次は何?いつまでに仕上げればいいの」校正やってる従姉妹のN。「続編お願いします」シャーロックさん。
みんな私がまだまだ書くと思ってる。そして、実際書こうと思えば書ける。だってアイデアなら、漫画時代の50年分の蓄積がある。「雪に泳ぐ魚」は、昔見た魚の夢+永訣の朝(宮沢賢治)+もし、この時死んだのが妹のトシではなく、賢治の方だったら(新アイデア)だけで126ページ書けたもの。(もっと長編にしたかった、後悔)
短編って、要は冷蔵庫開けて、中にあるもので、チャチャっと20分で作る昼ごはんみたいなものなんです。素材と組み合わせと料理法で、美味しければOK。
長編は、高い材料と、道具を揃えて、三日かけて煮込む、フランス料理。(いわゆる男の料理)なので自分丸出し、エゴの塊、自分が満足する為だけのこだわり料理になりました。そして書き手の書きたいものと、読み手の読みたいものが一致することは、ほぼありません。(あれば超ラッキー、大ヒット作品)現実は口が炒飯になっている人の前に、どんな高級フランス料理並べても「俺、炒飯食べたいんだけど」で終わりなのです。だから、カクヨムの皆さんは、私の短編だけ読んでください。長編は私のエゴで書いたので、美味しくないですよ。そんなこんなで、結局書くのをやめられなくなりました。 5月以降はもっと読み手に気を使って書きます、すいません。
長編は字数制限、締切で後悔する作品が多く、作品がゾンビになって出てきて「恨めしやぁ〜書き直せえぇ」と言われそう。ちゃんと書き直して成仏させますから、お許しくださーい。