• ラブコメ

文章合宿


 栃木は鬼怒川で文章合宿をしてきた。
 いつものメンバーで楽しくやってきた。

 大宮集合で、現地に着くなり大衆居酒屋に移動。
 ビールを飲む。
 料理の量が異様に少ないし、店員のおばちゃんが全然話を聞かない人で笑ってしまった。
 そのまま電車に乗って、ローカル線でゆっくり行く。

 途中で煙草が吸いたくなって栃木駅で降りた。
 煙草を吸ってから町を少し歩き回り、今度は特急電車で鬼怒川を目指す。
 ローカル線だと時間がかかり過ぎるとの判断。

 スマホでマップ表示しながら鬼怒川を歩く。
 温泉街らしい温泉街だった。
 山に囲まれた秘境のようなイメージ。
 温泉宿につくと、フロントのおじさんが話しかけてくる。
「そこの窓から見える川、なんて名前か知ってますか、後ろに見える川です」
「あれ鬼怒川じゃないんですか?」
「後ろ側です」
 それからたぶん5個くらいダジャレを聞かされた。
 見ず知らずの客にダジャレを連発するなんて並の神経では無理だ。
 凄いと思う。
 私が接客業だったら絶対できない。

 部屋は、今までの合宿の中で一番広かった。
 十二畳くらいあった。
 更に狭いながらも洋間などもあった。
 風呂場には「物置」と書かれたプレートがついていたのが謎だった。

 温泉に入ったら、珍しく入れ墨をしたお客さんがいて、なるほどなと思う。
 入墨客の規制をする温泉や銭湯は多いが、この宿は違うらしい。
 良いと思う。
 地元の温泉にはしょっちゅう本職の入墨があって、よく眺めたのを思い出した。
 おじいちゃんの背中に色の入っていない昇り鯉なんかがあるとドキッとする。
 いつまでも昇り続けてほしい。

 女湯が覗けないかみんなで考えた。
 ほんとに馬鹿丸出しで楽しかった。

 温泉から帰ってくると、窓の外で花火が上がった。
 私達がちょうど泊まりにきたその日に花火大会なんて、奇跡なんじゃないかと思った。
 けれど鬼怒川では毎週土曜日、花火を上げているらしい。
 15分のルーチン花火だ。
 しかしながら、いくら日常的な花火だろうと、美しさが減じるわけではない。
 私は寝転がりながら、カップ焼きそばをすすって、ガラス越しに輝く夏の爆発を見ていた。
 花火は夏が爆発して木っ端微塵になって消えて行く姿を表現したものだ。
 ――だったらいいな。
 夏の火葬。

 はらっちと一緒に卓球をした。
 これが今回の合宿の中で一番「馬鹿」だったシーンだと思う。
 ほんとに、いい歳こいた男二人で熱く卓球した。馬鹿だと思う。
 酔っていたし、部屋にエアコンが無くて暑かったので私は、開始二分で浴衣を脱ぎ捨てて、勇猛なパンツ一丁男と化したのだが、はらっちは最後の十分まで服を脱がなかった。
 というか最後の十分になったら彼も耐え切れなくなって脱いだ。
 パン一野郎が二人で汗垂らしながら卓球しているんである。
「これゲイの卓球じゃねえか!」
 と言って私はラバーの剥がれかけたラケットを床に叩きつけた。
 卓球の部屋には何故かドラムセットとアルト・サックスとエレキギターが置いてあった。
 ドラムのハイハットにはペダルがなかったし、ギターはチューニングが狂っていたし、サックスには緑色の苔みたいなのができていた。
 パン一野郎にぴったりの、異空間だった。

 それからちょっと執筆しようか、ということになった。
 寝転がりながら腹にポメラを置いた瞬間に意識を失った。

 朝、二日酔いで目覚める。
 文章合宿恒例のゾンビ状態だった。
 身の回りの準備をしている間にチェックアウトの時間になった。
 私達は宿を出て、電車に乗って春日部に向かった。

 春日部といえばクレヨンしんちゃんで有名な町だが、春日部にはクレしんに関連するものが全然ない。
 もっとたくさんしんちゃんがいるもんだと思っていたけれど、看板が数枚あるばかりで、ちょっとがっかりだ。

 それから大宮に戻り、イヨッさんの案内で北銀座と南銀座を見てまわった。
 世の中には銀座が多すぎると思う。

 それから喫茶店で執筆をした。
 まともに書いたのはその時間だけだった。
 けれど概ね楽しい時間だった。
 今回はいつもと違って一泊しかしていない。
 流石に一泊では助走が足りない。
 一日目はみんな遊んでしまうものだ。
 はじめて訪れた町、見慣れぬ風景、会ったことがない人々、そういったもので自然とテンションが上がる。それは何歳になっても変わらない。むしろよそに行ってテンションが下がるなら誰も旅行なんてしない。
 だから最初はどうしたって酒飲んで遊ぶ。
 それは大前提なんだと思う。
 楽しかったなあ、で終わらせてしまっていい。
 全然悪くない。
 悪いのは楽しくないことだ。

 そして帰る時間になった。
 私は無性に寂しくなった。
 悲しくなった。
 最後に、電車の中で寝ていたはらっちが、私に向かって手を出したので、ぱちんとハイタッチのようなものをした。
 けれどそれはまるで最後みたいで悲しかった。
 いや最後だったんけれど、もっと笑って希望に満ちた感じでまたなってしたい。
 いつだってそうして未来にわくわくしていたい。
 でなれけば、現実は寂しすぎる。



 おわり





 ↓頑張って書こうと思った結果時間が足りなくなって今日中に出せないなと思った沒原稿





『文章合宿』


 文章合宿――なんと甘美な響きであろうか。
 執筆を嗜む者なれば、一度は夢に見たことがあるのではないか。
 志を共にする者達と肩を並べ、時に傑作の完成を喜び合い、時には火が出るほどの議論を交わし、朝までひたすら切磋琢磨する――。
 私もそんな光景を夢見た一人である。
 そんな幸せな想像を夢見た――若き血潮をたぎらせた、若者だったのだ。

 ――今はもう、違うけども!

 *

 文章合宿を語る前に、登場人物を紹介しておかなければならないだろう。
 まず、あなたに想像してほしい。
 眼鏡をかけていてガリガリに痩せていて、いつも小汚い作業服を着て眼鏡をかけた坊ちゃん刈りの変なステテコを履いた20代の男性だ。
 彼は総重量10キロに及ぶ巨大な登山用のバックパックを背負っている。バックパックの中には用途不明の電子機器がみっしりに詰まっていて、それをそいつは実に嬉しげに運んでいる。そいつは機械が大好きだ。口癖は「機械になりたい」だ。
 どうだろう。
 ちゃんと変人を想像できただろうか?
 間違ってもまともな「かっこいい奴」を想像してはいけない。
 どっちかというと彼はかなり危険な感じの人間だ。
 仮に、彼を「テツオ」と呼ぶことにしたい。

 登場人物はもう一人いる。
 茶髪でショートカットでややタレ目で「salvation」と書かれた白いTシャツを着た健康的なショートパンツの20代の女子だ。彼女は、キャリーケースをゴロゴロ引っ張っている。キャリーケースの中には本が詰まっている。大量の小説文庫本である。それをそいつは実に重そうに歯ぎしりしながら運んでいる。
 どうだろう。
 ちゃんと変人を想像できただろうか?
 彼女をまともだというのなら、この世界の「変人」の三割は姿を消すことになるだろう。
 どっちかというと彼女はかなり変わり者だ。
 私とテツオの文章合宿に、女性の単身で乗り込んでくるような人だ。
 変わっているに決まっている。
 仮に、彼女を「カネダ」と呼ぶことにしたい。

 最後に一人、登場する。
 彼はまあなんというか、非常にスマートで理知的で歯並びがよく、すれ違う女性はみんな目を奪われて振り返ってしまうくらいの美男子で、持ち物もおしゃんなボストンバッグ一つと落ち着いており、理知的で歯並びがよく、今にもゲーテの詩集から引用したセンテンスで会話を始めそうなくらい理知的で歯並びがよい男性だ。
 つまり私だ。
 ちゃんとスーパークソかっこいい男性を想像できただろうか?
 なに、心配はいらない。どうせフィクションである。どうせなら(あなたの中で)かっこいい私にしてください。
 私は「機島」と申します。
 以後、お見知りおきを……。

 ――私達がどうやって「出会った」か、簡単に説明しよう。

 *

 私達はみんな、ブログをやっていた。
 文章に関するブログだ。
 テツオは、彼らしく創作SF小説を主な記事にしていた。人工知能や最先端のテクノロジ(何故かテクノロジーって言わない)についてブログを書いていた。
 カネダは、主に短歌を書いていた。時には切ない恋物語を書いた。そして極稀にゲームについて書いていた。そのゲームは、私とテツオが大好きな51のゲームだった。51というのは分かる人にだけ分かればいい。バッタの51だ。
 そして私は小説を書いていた。毎日毎日小説を書いていた。狂ったように書いていた。書かないと吐きそうになった。書かないと後悔で眠れなくなった。書かないと不安で押しつぶされそうになった。私は、そういうやつだった。

 だから現実に私たちが会って話すようになるには、それほど時間はかからなかった。

 はじめて会った時から、相手のことは全部わかっていた。

 私たちは、延々と続く自己紹介を、ブログに書き続けていた。

「「「誰か、私の話を聴いてくれっ!!」」」

 私達は何度か文章合宿をおこなった。
 合宿は今回で三回目だ。
 もう何年も前から知り合いだったような気がする三人で、今回は栃木の鬼怒川温泉郷へ行ってきたのだった。

 *

 埼玉県――大宮駅中央改札前。

 人混みでごった返す駅中に、二人の姿がある。
 いつも通りの作業服姿のテツオ。
 活発さを絵に描いたようなテンションのカネダ。
 二人が並んで何か話している。
 私は彼らの前に立って、無言でにっこり微笑んでみる。
 二人は釣られたように苦笑する。
「久しぶりですね、君たち」
 私は、変な真似はやめて、声をかけた。
「おう」
 テツオはにやにやしながら短く言葉を返す。
「機島っち、なんかまたシュールなTシャツ着てんなぁおい!」
 カネダにばっしばし肩を叩かれる。
 私は笑う。
 気安く喋れる仲間がいるっていうのは、いいことだ。
「とりあえずだな」
 テツオが言う。
 私達はうなずく。
 みんな酒飲みである。
 だいたい合宿ともなると、一日に二リットルはビールを飲む。
 二リットルと言うと大げさに聞こえるかもしれないが、500mlの缶ビールを四本飲むだけだ。
 大した量ではない。

 大宮駅前の大衆居酒屋(ここで言う大衆居酒屋とは、○民や笑○のようなチェーン店ではなく、小汚い個人経営の赤ちょうちんの店のことだ)に入った。
 そこで早速ビールを二杯ほど飲んだ。
 この出来事は、我々の行く末を示唆していた――。

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