仕事が終わって電車に乗っていた私は空腹に気がついて、
「まさかこんなときでもお腹が減るなんてとっても不思議ね」
と思った。
どうも生きている限り、どんなに辛いことがあっても良いことがあっても腹は減るらしく、腹が減っては戦ができず、生きるということは絶え間ない闘争であるから、私はラーメンを食いに行く決意をする。
ものを食べるのは好きじゃないんだけれど、ラーメンだけは別腹だ。
家の近くに家系の美味いラーメン屋があるんです。
小さな店でね、無口な美少女がカウンターの奥に立って腕を組んでいるお店です。
カウンターの席が4席、壁際の席が4席。
どう頑張っても8人入ったら限界の、限界ラーメン屋なのですが、うまいんです。
それで私はラーメン屋にのこのこ歩いて行きましたら、店はしまっていました。
私は酷く裏切られた気分になって、少し大人になってしまいました。
裏切られると大人になるんですってたぶん太宰がそんなそうなことを言ってました。
それで私はやけになって、ちくしょう、ラーメンのバカ野郎! って思って、あんなラーメン信じた自分が馬鹿だったんだと落ち込み、私にも悪いところはあったよね……と考え直して涙をこぼし、それでも前に進もうと過去を振り切って、入ったことがないラーメン屋に入りました。
「大盛軒」という店です。
見間違いではありません。
大盛りです。なんだか名前からしてやる気がみなぎっている。入るしかない。
赤ちょうちんがぶら下がった、これまた小汚い飲み屋くずれみたいな店だったので、大層入りづらかったのですが、なにぶんお腹と背中が癒着寸前でしたので意を決して入ってみますと
「あらお兄ちゃんいらっしゃあい!」なんておかみさんの元気な声が飛んできまして、
「ほう……悪くないではないかこのアットホーム感……苦手だ!」と私は思いました。
いきなり馴れ馴れしくされるとなんかちょっと恐い。
で、カウンターしかない店だったので仕方なくカウンターに座ったら、すでにビールを飲んでいる肉体労働風のおっさんが数名、親しげに大将やおかみさんと話しておりまして、
「これあかんやつや、一見さんお断りの常連が集まる店や!」と冷や汗が出てきました。
なんでしょうねあの西部劇のバーに入ってきたよそ者を敵視するみたいな感じ!
いやね!
しかしまあ、目的さえ達成できればそれでよい。
わたしは壁に貼られた油まみれのメニューを見回しまして、ついに「ラーメン」という貼り紙をみつけました。
ラーメン。
それは私が唯一口にいれることができると言われている食物。
わたしは注文しました。
「ラーメン大盛りください」
おじいちゃんみたいな大将が腰を曲げて歩いてきました。
「あの、ラーメン大盛りください」
大将は歩いていってしまいました。
わたしもそのまま店を出て行こうかなと思ったそのとき、大将がものすごい時間差で
「ラーメン大盛りぃ~~~~」っておかみさんに言いました。
どうやら、注文は通っていたようです。
焦って損をした。
わたしは女将さんがくれた謎のお茶(麦茶)を飲みながら、壁際に置いているテレビを見ていました。
しばらくそうしていると、ラーメンがきました。
「頑張って食べてね」とおかみさんは言いました。
わたしは愛想笑いをふりまく。
たしかに麺の量は多いようですが、一度でも二郎に行ったことがある人なら怯みはしない量です。
ラーメンは、懐かしい味がしました。
っていうかあんまり味がしませんでした。
でも不思議とあたたかい味がしました。
全て食べ終えると、おかみさんが「全部食べれた?」って元気に聞いてきます。
わたしは愛想笑いをしまして、頷きました。
常連の姿がどんどん増えてきて、店はもう飲み屋の雰囲気になっていましたので、わたしはさっさと帰ろうと思いました。
お金を払って店を出ます。
すると財布をぽとんと落とします。いけないと思って財布を拾った拍子に赤ちょうちんに頭突きしてしまいました。きっと店内からはわたしが赤ちょうちんに頭突きをしたように見えたことでしょう。(事実)
わたしはその場をさっさと逃げ出します。
それから帰り道にある家系ラーメン屋の前を通り過ぎますと、営業していました。
ふざけるなよこの野郎。
わたしは怒り心頭に発し、家系ラーメン屋に入って、腕を組んでこちらを睨んでいる美少女店長に向かって、
「ラーメン大盛り」
そう言ったとか言わないとか。