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【デイドリ】小話「先生!」

マコト先生とアーティの馴れ初め小話です。
ネタバレ防止のため【天誰真己徒御主神】読了後の閲覧をお勧めします。
本編はこちら!
https://kakuyomu.jp/works/16817139556547172219



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 マコトがパリにいた頃。
 彼はたびたび小規模な合同写真展示会に参加していた。もちろんデイドリーマーズの写真ではなく一般的な写真で。
 何か賞がほしかったり、普通の写真で生計を立てたいわけではない。彼の本業は、この世界で共に生きる存在を写真に残すことだ。
 そして残したからには、誰かに見てほしいという承認欲求が燻ぶられる。そういう生き物だったマコトの本能の片鱗が、展示会に向けられた。

 来場客の反応はいつも思わしくない。
 というのも、人よりも見える色が少ないマコトの撮る写真は、一般的な美的感覚からズレているらしい。本人を前に辛辣な批評を受けたことも一度や二度じゃない。

「構図は魅力的なのに色相感覚が|破綻《はたん》してる。しょせんはアマチュアだな」

 今日も今日とて得意気な来場者が鼻で笑っていく。
 ディスプレイ裏でしっかり聞こえていたが、いつものことなのでただ静かに窓辺から外を眺める。

 パリの街は白で色づいていた。
 珍しい積雪に交通網は麻痺。主な交通手段である無人タクシーは雪にタイヤを取られて機能せず、駅は地下鉄の利用客で溢れた。
 いつもよりも緩慢に移動する人々の流れを、色違いの瞳がカラーグラス越しに見つめる。

 受肉してから約三百年。科学の進化は凄まじい。それに比例して、人智では説明のつかない事象への忌避は増す一方だ。今では誰も宇宙人や幽霊なんて信じない。視えないものは視えないまま、ただ誰にも気づかれずそこに在るだけ。

「――あの!」

 そんな思考の海に沈んでいたマコトを、澄んだ声が引き上げる。
 驚いて振り返った視界に映ったのは、強烈な赤。

「好きです、弟子にして下さい!」

 長いあいだ色褪せていた彼の世界で、その赤はあまりに鮮やか過ぎた。

「……は?」
「あっ、す、好きっていうのはあなたの写真のことで……はうぅぅっっっでもご本人も超絶タイプ……!」
「いや、あの、」
「ああっ、ごめんなさい! 私はアネットです! よろしくお願いしますね、先生!」
「先生、って……」

 突然意味不明なことを並び立てる少女に、マコトは完全に圧倒された。

 利発そうな赤いポニーテール、煌めく湖面の大きな瞳、色白の頬に散るそばかす。

 アネットと名乗った少女は、人好きしそうな無邪気な笑みを浮かべ、マコトに手を差し出した。
 神秘的な瞳が細い指先と少女の顔を交互に見比べる。

「……ごめん、他を当たって」
「えぇぇっ!? どうしてですか!?」
「逆にどうして弟子にしてもらえると思うの?」

 飛び込み営業もいいところだ。しかもこんな無名カメラマンに。
 胡乱気に瞳を細めるマコトに「そんな冷たい表情もス・テ・キ♡」とうっとり頬を染めるアネット。だめだ、話が通じない。今まで接触したことがないタイプの人間だ。

 逃げよう。マコトの決断は早かった。
 少女が夢見心地に頬を染めてああでもないこうでもないと一人で盛り上がっている今がチャンスだ。展示場所の液晶タブレットに「不在」の表示をして、そそくさと歩き出す。

 我に返ったアネットは、音もなく逃げ去った青年の香りを頼りに人込みの中を猛追した。怖い。

「先生、どうして逃げるんですか!」
「ついてこないで。それに先生じゃない」

 ぴしゃりと否定してもアネットが諦める気配はない。湿度の高い雪にショートブーツの底を取られながら、小走りで追いかけて来る。

 路面凍結で麻痺っている無人タクシーの代わりに地下鉄にでも乗れたら良かったのだが、それこそマコトは四面楚歌になってしまう。重度の乗り物酔いを患う彼にとって命にかかわる。

 ただでさえこの雪で街を行く人々の足取りはもたついている。傘をさして視界が悪くなっているせいもあるだろう。
 雪を頭から浴びながら緩慢な人込みを縫うように歩くマコトは、弟子入り志願者をぐんぐん引き離した。

 悪いが、弟子を取る気も交友関係を築くつもりもない。
 家族、友達、恋人、好敵手、相棒……人間関係を表す言葉の多くに憧れた時もあった。誰にも見つけてもらえない悲しみをぶつけて、目玉をくり抜いて食べていたような怪物だ。今は受肉して誰の目にも映るようになったが、彼にはたった一人で良かった。その一人だけに自分を見て貰えれば、それで良かった。

 ――それだけのことが、一番難しいのだけれど。

「あの、離して下さい!」

 後方から焦ったような声が聞こえる。
 ついさっきまでマコトを追いかけていた少女の声だ。

 思わず足を止めて振り返った先には、パリジャン二人に腕を掴まれたアネットがいた。

「そんなに焦ってどこに行くの、子猫ちゃん?」
「あなたたちに関係ないでしょ!」
「あいたたたぁ……。君にぶつけられて肩が外れちゃったみたい」
「う、うそぉっ……!?」
「大変だ! こいつのアパルトマンがすぐそこなんだ、手当するから君も一緒に来て!」
「あっ、え、で、でもっ……!」

 痛がる素振りをする片方の男をアネットが心配そうに見つめる。
 逃げ切るには千載一遇のチャンス。だが、お人好し過ぎる少女がこの後どうなってしまうのか、外野のマコトの方が鮮明に思い浮かぶ。

 そのまま腕を引かれて路地裏へ連れていかれそうな様子に、さらりとした黒髪を掻きむしった。
 見て見ぬふりをして、屋敷で眠る彼女の元へどんな顔で帰れると言うのだろう。

 マコトは来た道へくるりと反転し、少女の手を掴んでいた男の肩を軽く叩いた。怪訝そうに振り返った彼の堀の深いこめかみを指で一突き。軽いデコピンに見せかけて、チャンピオンベルト保持者のストレート並みの威力である。男は白目をむいて地に落ちた。

 突然現れた痩せ型の東洋人に顔を真っ赤にしたのは、肩が外れたと痛がっていたもう一人の大柄な男。
 負傷したはずの方の腕で殴りかかって来たのでそれを軽く躱して腕を掴むと、関節の稼働域とは真逆の方へ腕を捻り上げる。
 本物の激痛にあっけなく沈んだパリジャンが、冷たい雪の上を転げ回った。

「アパルトマンじゃなくて、ちゃんと病院に行きなよ」
「テメェ……!」

 すると、この騒ぎでできた野次馬を掻き分けて路地から迫る人影が見えた。増援だ。

「群れるのはデイドリマーズだけじゃない、か……」
「でい……?」
「何でもない。走るよ」
「ヴァッ!?」

 マコトが少女の手を掴むと、可憐な喉から奇声が上がる。

(男の人と手を繋ぐなんて、小学校の運動会で担任の先生と繋いだ以来……!)

 この貞淑なパリジェンヌ、超絶身持ちが硬いのである。
 まるで映画で見た情熱的な逃避行の始まり。キュンで爆ぜそうだ。

 そんなことはお構いなしに、マコトはパリの街へ駆け出す。

「せっ、せせせっ、せんせぇええっ!!」
「先生じゃないってば」
「好きですぅぅぅうううううう!!!」
「……変な子」

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