茨木市の、素敵な図書館を見ながら考えていました。
大きな建造物を作るときに、有名な建築家に頼めば、なんとなくそれなりのものが出来るだろう、という安易な考えでは、ほんとにいいものは出来ない。
そこを利用する人にとって本当に必要なものは何か、長い目で見て何にお金をかけておくべきなのか。きちんとしたコンセプトや使う人のことをしっかり考えないまま、有名な建築家に依頼して、驚くほど使いにくい建物になっているものがあちこちに山ほどある。
建物は、それを使う人たちにとって快適なものであるべきだ。以前、ある著名な建築家が、自分の造るものは、使いにくい、不便、といわれるが、その不便さをも愛して使ってほしい、というようなことをおっしゃっていた。
おそらく、その方は自分の作品が芸術品か何かと勘違いされているのだと思う。
日常的に利用するもので、それも、多額の費用をかけて新しく建てたもので、わざわざ不便なものを求める人はいない。
日々利用する人に対して、思いやりのあるものを造れよ。そう思う。公共の建造物なら尚更。
ずっと以前、階段だらけの児童向け図書館を造られた方がいた。あちこち凝った作りのコーナーもあって、楽しいと思う人もいるとは思う。図書館の中で、冒険気分を味わえるように、とのことだった。
でも、自分は思うのだ。
図書館の建物で、冒険なんていらない。いくらでも、そこに、冒険の世界が詰まった本が並んでいるのだから。図書館はいろんな世界にアクセスできる一つの手段だ。本の中で存分に冒険できるように、誰もが本を手に取りやすくすることの方が大事だ。車椅子や、杖をついている子どもたちは、その図書館の大きな階段を見たときに、どんな気持ちになるだろう。拒まれている気持ちになりはしないか。そう思った。
誰もが、安心して楽に棚まで近づける。本を手に取れる。誰かに頼まなくても自分で自由に本が選べる。手が届く。
そんな、あたりまえに使いやすい図書館が、私には理想だ。
現実には出来ない冒険を叶えてくれるのが、本だ。