• 現代ドラマ

徐々

 私が劇団に入った年の頃。親父と二人で飲みに行く機会があった。場所は東京、新宿。わざわざ親父に私が住んでいる東京に来てもらっての事だった。何故、親父に東京まで来てもらったのか。それは今の私の気持ちを知って欲しかったのもあるが、変わった自分を見て欲しかったの方が大きかった。将来と言う漠然とした未来しか描けない不安しかなかったのもある。ようは、果たして自分はこのままでいいのか? とな悩んでいた頃に、親父と飲んだ話である。
 待ち合わせ場所は新宿の高級焼肉店。そこで俺は親父と久しぶりに会う事となった。昔から寡黙な父だったが、この日はお互いに良く喋った。何せ久しぶりだ。話は不思議なくらい弾んだ。それも怖いくらいに。そして、末っ子の俺に全てを話してくれた。それはもう全てを話せば家族の関係があわれもなくなる程に。私はそれが嬉しかった。だって親父は、母や兄に言えない秘密を全て俺に言ってくれたのだから。
 そのあとは新宿二丁目に行って、おかまバーとか、ゲイバーとかを飲み歩いた。親子二人で二丁目を闊歩していたのだ。親父は何処に行っても人気者で誰からもモテていた。寡黙だからだろうと俺は思っていたが、やはり“人から好かれる”のも理由があるのかなと思った。三件目くらいのおかまが(かなり綺麗)こう言った。

「お父さん。もてたでしょ。と、言うか。抱いた事あるでしょう男を。分かるわよ、私達分かるから」

 その時。親父は気まずそうな顔をしていたが、私は知っている。親父がニューハーフとヤッしまった話を。そしてその相手が誰もが知る相手だと言う事を。当時、その美人なニューハーフを知らない者はいなかった。(きっと今も)

「ああ、男の人は上手い。気持ちが良かった。元男だから“ツボ”を知っている。男なら何でも経験すべきだ」

 親父はそう言っておかまにキスをしていた。その光景を見て私は微笑んだ。そんな父の姿を見たのがこれまた初めてだったからである。それは私が未来に不安を抱いていた二十三歳の冬の事でもある。

 最後に歌舞伎町近くにある適当な寿司屋に入った。適当に頼んで、適当に熱燗を二人で飲んだ。時刻は深夜三時を周っていた。今思うと、なぜこうして親父と飲んでいるのか。それは俺が望んだからである。憧れていたのだ……親子二人で、父子二人で、末っ子のこの俺が……どれだけの思いで頑張って、漸く気付いた愛に応えては応えて返そうと思い、少しでも前を向いている私を見せたかったのだ。成長した等身大の自分を見せたかったのだ。そして親父はそんな俺の事を確かめに、東京まで来たのだろう。
 だがしかし。時は経ち、私は自分に負け、全てを捨てた気になっておめおめと生きている。当時、親父に熱く語った芝居論さえも忘れようとして。
 その親父はもうこの世にはいない(おかまにチューしていた)。果たして誰に頼ればいいのか。だが、答えは簡単である。最早、親を当に超えなければいけないのである。それが当たり前なのだ。哀しみに浸っている場合は無いのだ。それが子の道理だ。
 だけども私は思う。それが道理だと言うならば、子が親を失った時の悲しみはあまりにも一瞬過ぎる。だから子は大人になるのだろう。子ではいられなくなるから。私もきっと何時かはその一人だ。何時かは私も明け方の寿司屋で、子供と飲みたいと思う。熱く心に沁みるその一献を。その杯を。

 そして父の様に、女性にも男性にも好かれる器に私はなりたい。
 そして父が其の道理なら私にもその道理になる権利がある。

 だから私は頑張るのだ。だって私はあなたの子なのだから。

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