ガランカランと軽快な音が聞こえてくる。
「おはようございます。あれ、なんか疲れてます?」
「あ、おはようございます。2日ほど徹夜しちゃって。」
気怠さの混じった挨拶と共に、ゴミ袋の山を一つ大きくする。
「駄目ですよー。ちゃんと寝なきゃ。って僕が言っても説得力無いですけど。」
はははと笑う彼が地面に置いた袋には、黒や金の細い缶しか入っていない。半透明の袋にも関わらず、微糖の文字がはっきりと見える。
「まあ、お互い、ほどほどに頑張りましょう。」
別れを告げ、駅へと向かう。
彼はここ最近、在宅勤務となっているらしい。朝の通勤が無いなんて羨ましいかぎりだ。
前方に駅が見え始めたあたりで、突然、黒いスーツが視界を遮った。
「宗井武さんですね?」
道をふさぐようにして立つ2人の男は、どちらも墨で染めたようなスーツに黒縁眼鏡。眼鏡の奥の瞳はひどく冷たい。
「な、なん、ですか。」
「あなたには負債があります。」
「へ?負債?ぼ、僕、金なんて借りてないですよ。」
男たちの歩調に合わせるように一歩、二歩と後ずさる。ドンッと背中に鈍い衝撃を受けた。振り返ると同じ見た目の男がもう一人。首筋の鋭い痛みと共に視界が反転し、そして真っ暗になった。
変な夢だった。
ベッドが置いてあるだけの部屋のような場所にいた。そこでの僕は一汁三菜にデザートまでついている食事を三食食べ、よく運動し、よく眠る、とても規則正しい生活をしていた。漫画もゲームも無い空間だったが、とても充実した気持ちで満たされていた。
目を覚ますと見慣れた天井だった。
夢の内容の割に頭はすっきりしている。時計を見ると午前6時29分。1回目のアラームの1分前だ。アラームを止めてベッドから降りる。不思議と体が軽かった。
顔を洗い、歯を磨く。鏡に写る顔はワントーン明るくなった気がする。早起きの効果だろうか。
スーツに着替え、そろそろ出ようかというときに玄関のチャイムが鳴った。
出ると、ものすごく驚いた顔の大家さんが立っていた。
「宗井さんいつ帰って来たの!いたなら返事してちょうだいよ!心配するじゃない!」
「え、すみません。」
咄嗟に謝ったものの大家さんが早朝から来た理由が分からない。いつ帰って来たの?なんか変じゃないか?
外泊なんてしてないし。今日、普通に起きたよな?そりゃ、ちょっと早起きだったけど、ベッドから出て、歯磨いて。いや、待てよ。ゴミ出しはした気がする。ゴミ置き場で倉間さんに会って、駅まで行って、そこで・・・・・・あれ?どこからが夢なんだ?
「きょ、今日って、缶ビンごみの日ですよね。」
自分でも聞き取りにくいほどかすれた声が出た。
「今日はなにも回収してないわよ。缶ビンは先週だから。」
絶句した僕に大家さんが不審そうな目を向けてくる。
「あなたが出社してないって親御さんに連絡があったそうなの。昨日私にも連絡が来てね。隣の倉間さんも先週から見てないのよ。あなたなにか知らない?ねえ、聞いてるの?」