• 詩・童話・その他
  • 現代ファンタジー

物語が始まらない『赤い果実』

ああ、喉が焼ける。
家中の布をかき集め、懐に猫を忍ばせて尚震えているというのに。喉だけはかっかと燃えている。
医者の診断を待つまでもない。巷で流行っている病だろう。
水を一刻毎に柄杓十杯は飲まないと死んでしまうと聞く。喉の火が全身を焼くと聞く。
げに恐ろしい。
かめの水は尽きた。この身体では汲みに行くこともままならぬ。このまま朽ちてしまうのだろうか。

先程から空腹と食欲不振を同時に感じるという不可思議な体験をしている。
腹は何か食べさせろと喚いているが、心は一向に欲しいと言わない。肉や魚どころか米すらも欲しいと思わない。しかし食わねばならぬだろう。食わねばこのまま朽ちてしまう。

籠に積まれた赤が目に止まった。食える。食いたいと思った。
シャクリ。シャリ。シャリ。シャリ。シャクリ。
美味い。
噛むほどに甘さが口に広がる。火が静かになった。果実は火を抑え腹へと届く。
シャクリ。シャリ。シャリ。シャリ。シャクリ。
命の味がする。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する