• 詩・童話・その他
  • 現代ファンタジー

物語が始まらない『壁の棘』

 ある日、会社の壁に小さな棘が刺さっているのを見つけた。
 汚れの目立つ白い壁紙から5ミリくらい。黒くて小さな棘。
 画鋲の頭が取れたのだろうか。ここに画鋲が刺さっているのを、入社してから一度も見たことが無いから、自分が入る前からすでに棘だったのだろうと推理した。
 少し迷ったが、抜いておこうと思った。
 棘はちょうど目の高さにある。私の目線ということは、背の高い人ならシャツの端をひっかけるかもしれない。
 慎重に爪を立て、力を込める。
 ずっ、という音と共に棘が伸びる。思ったより硬い。
 ずずっ、とさらに倍くらい伸びて抜けた。

 棘を観察してみると、飛び出していた側から8割くらいは錆びて黒く変色しているものの、2ミリほど元の色を留めていた。先もちゃんと尖っている。
 やっぱり画鋲の頭が取れたんだな、と思う。
 いいことしたなー、と感じた小さな棘の話。


231003

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する