リテイカーの部屋は、広めに見積もっても畳三畳程度しかない。
そのなかに清潔装置とベッドと備え付けの武器置き場とメンテナンステーブル。
窓はなく、テレビもパソコンも何もない。
買えばあるが、当然楽園から何かを受信することも送信することも出来ないそうだ。
ちなみに電気代は別売りだ。
なので、娯楽が欲しいリテイカーは紙の本を買う。
電気代がかからないし、読み終わると同僚に売ったりして小遣いに出来る。
狭く小さく窮屈な部屋に、シュバルトはすっかり慣れていた。
「明日、来るかねぇ」
考えるのは、ヴァイスのこと。
もちろん心配な訳ではなく、帰るならさっさと帰って欲しいだけだ。
あの様子ではグリーンソイを食べられなかっただろう。
食べられないなら帰って欲しい。
未来のないこのアザーでシュバルトの残りどれほどかも分からない貴重な時間を彼の為に浪費させられ続けると思うとぞっとする。コチョウが気遣った以上は委員会の人間でさえ気遣う必要のある存在ということで、その気になればヴァイスはきっと楽園内(インナー)に戻れる筈なのだ。ボンボンの道楽にいつまでも付き合ってはいられない。
作業台で武器のメンテナンスを終え、ベッドに寝転がる。
シュバルトもせめて寝具くらいは拘りたくて、そこそこいいものを使っている。
寝具がダメだと疲れが取れず、そして疲れが取れないことはリテイカーにとって不利益の割合が大きい。リテイカー歴が長いほどそうだ。なお、クリーニングなんて気の利いた文化はないが、清潔装置に突っ込めば綺麗になるのだけは楽園内より楽だ。
いっそ秘密をばらしてしまおうか、という考えが頭を過る。
ヴァイスは見た感じ真性というか、最後まで自分を捨てきれないタイプだ。義理は通すだろうから知られても周囲に言いふらしはしないかもしれない。
だが、あの秘密を見た時に世界を運営する側である彼がどのような判断を下すのかが未知数だ。善意でとんでもないことをやらかす可能性も、楽園の運営者として何らかの理由で排除にかかる可能性も大いにある。
なにより、限りあるリソースを奪い合うこの世界において、あれの存在は火種になりうる。今まで足を運ぶのがシュバルトだけだったから隠しきれているが、ヴァイスまで連れて行くと悪目立ちする。
「……とっととお帰り願うか」
どうせ計画など糞の役にも立たないアザーであれこれ未来を考えても仕方が無い。何も考えずにやることをやり、訓練生が一端のリテイカーになるのを見届けておさらばしよう。
寝る前にしっかり身体をマッサージでほぐしたシュバルトは、そのまま眠りについた。
翌日、拠点施設の近くにヴァイスはいた。
昨日と変わらない装備に、やや疲労を残した顔で。
シュバルトは内心少しがっかりしつつ、声をかける。
「ソイ食ったか?」
「今朝、エナジーゼリーを飲みました」
「……分かってると思うが、固形物食わないでいると胃が受け付けなくなるぞ」
確かにエナジーゼリーはグリーンソイより少し高くエネルギーも水分も補給できるが、それだけでは身体を維持することはできても強くしたり余力を持つことが出来ない。いわば身体の調子が悪いときのための「おかゆ」みたいなものであり、コスパを考えると水とソイバーの方が結果的に利益が大きい。
そうまでしてソイバーは食べたくなかったようだが、本人なりに苦言を呈されることは予想していたのか落ち着き払っている。
「私はここでやめる訳にはいきません。だから今日は昨日より稼いでソイバー以外の食べものにありついて、できなかったら死ぬつもりでやります」
「いい心がけだ。特にできなかったら死ぬの部分」
インナーにいた頃なら根性論だと馬鹿にするだろうが、逃げ道のないリテイカーには根性がないと言い訳も逃走もできないので死ぬしかない。代わりに意地を貫いて死んでも誰にも迷惑はかからない。うだうだ言い訳を引きずって途中で半端に判断を変えるくらいなら割り切った気持ちを持った方が気が楽だ。
「だが、言う程それは簡単じゃないぜ」
「教官は元一般人で、今は低所得でも生きていけてるんですよね? なら『ずる』で知識を与えられている私にはこれぐらいハンデがあってもいいんじゃないですか?」
「そういうフェア精神はアザーでは役に立たないが、追求するのは個人の勝手だ。いいだろう、ついてこい」
その日は、前日の復習に終始した。
ヴァイスは相変わらず無駄弾を撃っていたが、命中精度が上昇して先日より少ない弾丸で魔含獣を仕留めることに成功していた。
そして、ささやかな幸運にも恵まれた。
「教官、この人……」
「古株だ。リテイカー歴20年くらいだったっけか……戦いに身体がついていかなかったか」
中年のリテイカーの骸は、スカベンジ出来る物が豊富だった。
恐らくは別ポイントでの戦いがきつくなってαで活動していたのだろう。
四〇代くらいだろうか、リテイカーとしては高齢な方である。
リテイカーは段々と過酷な戦いに身体がついて行かなくなり、9割以上が五〇歳に辿り着かずに命を落す。どんなベテランであっても老いには勝てないのだ。
シュバルトとしても美味しいスカベンジだったが、先に発見したのがヴァイスだったので取り分はヴァイスを多めにした。これはリテイカーのルールでもなんでもないが、そもそもスカベンジで得たものを完全に均等に分けるというのは現実的ではないので、チーム活動の場合も最初に発見した者を多めにすることが多いらしい。
ポーチに魔含石が収まらずポケットにも詰めるヴァイスは、その話を聞いて不思議がる。
「少し疑問に思ったんですが、リテイカーは仲間意識がないから情報交換なんてあまりしないんじゃないですか?」
「まぁな。でも死期を悟ったリテイカーってのは結構おしゃべりになるもんなんだ。年を重ねると、自分でも限界が分かるんだろう。もう少しで死ぬとなると独占欲も薄くなる。俺はそういうおっさんやおばさんの持つ情報が欲しかったからお喋りに付き合ってた」
「情報のために利用したってことですか……」
「誰にも相手されないよりはいいし、感謝はしてるよ」
そもそも人間関係は基本的に利害関係で成り立っている。
利害関係が明確な方が関係としては健全だ。
ヴァイスは少し複雑そうにスカベンジを終えようとして、ふと物陰に黒く光るものに気付く。
「あっ、武器持ってないなぁと思ってたらこんな所に……えっ、これX-9ですよ!?」
「へー、珍しいな」
Xシリーズの中でも使い手の少ない銃を物珍しく思う。
シュバルトのX-8より新しいX-9は、銃そのものに指向性魔力レーダーが搭載されており、ハンドサイズレーダーよりやや使いづらいが前方に射程が長いので魔含獣の待ち伏せを看破できることが革新的だった。また、取り回しやすいようフレームやグリップにも改良が加えられ、レーザーポインターやスコープなどアタッチメントも豊富だった。
これらの改良は後のシリーズの基礎ともなり、最新型のXー12は8の完全上位互換を実現した名器とも言われている。
ヴァイスは興奮した様子で銃を抱えてシュバルトに見せつける。
「X-9ってX-1よりは絶対強いですよね!? これ売るより使った方がいいですよね!?」
「うーん……まぁ使ってもいいが、そうだな。ヴァイス、そいつセーフティーはかかってるか?」
「あ、はい」
「解除してそこでじっとしてろ」
「???」
疑問符を頭に浮かべながらも言われたとおりにセーフティを解除して銃を腰だめに抱えたまま直立するヴァイス。シュバルトはそれにおもむろに近づき、下から突き上げるように銃に蹴りをかます。
「おらッ!!」
「どわぁぁ!? ちょ、何やってるんですか教官! 暴発したら危ないでしょ!!」
「セーフティ見てみ?」
「え?」
また言われるがままにセーフティを見たヴァイスはぎょっと目を見開く。
「あれぇ!? さっき外したセーフティがまたかかってる!?」
「X-9はこれがあったから人気が無いんだ。Xシリーズ最大の欠陥品だってな」
Xー9が出た当初、上位リテイカーはこぞってこれを購入したが、その後すぐに発覚したのがこの欠陥だ。軽量化の為にセーフティを今までと違う場所及び構造にした結果、銃に下からの衝撃が加わった際にセーフティレバーが指に引っかかりやすくなるというとんでもない問題が発生したのだ。
「魔含獣に攻撃を受けて咄嗟に銃を盾にしたり転倒すると、衝撃で勝手にセーフティがかかる。すると即座に反撃したいのに弾丸が出なくてパニックになり、まぁ……死ぬよな。射撃性能や精度が高いのは確かだが、俺はそれ使うよりはX-1の方が命を預けるのに相応しいかなぁと思う」
「……売ります」
「それがいい。実はフレームもXシリーズで一番脆いしな」
銃としては散々な評価であるX-9だが、9以降のXシリーズの躍進の踏み台としては役割を果たしたと言える。事実、10から後の型は急速に洗練されていった。とはいえ、その改良データは9を新型と聞いて飛びついて後悔し、時に訳も分からず死んでいったリテイカーの怨嗟によって得られたものでもある。
「アタッチメントに使われてるパーツがいいものだから売値はそこそこだが、これだけは中古で使い回されることはない。さながら呪いの装備だな」
「普通に罠でしょこんなの」
ヴァイスはこの後なんとかX-9の有効な運用方法がないかを考え続けていたが、結局シュバルトがX-8を使っている理由がコスパと安全性だという話を聞いて運用を諦めた。
Xシリーズは10以降性能と同時に値段も大きく上がったため、8は性能と値段を考えるとかなりコスパがいいので、ベテランにこれを愛用する者は多い。