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暇つぶし続々8

 リテイカーが所持する管理タグは、見た目は少し厚みのあるドッグタグだが実際には電子通貨であるマターがチャージされる装置であり、リテイカーが利用する施設の個人認証キーでもある。とはいえ生体情報と所有者が一致していなければ意味は無いので、シュバルトは多分リテイカーになる前の検査の段階で眠らされたときに体の中に何か仕込まれ、それが生体認証の為に機能していると考えている。

 ただ、少なくともそれは爆弾ではない。
 でなければ違反者をシャルフリッターが始末しに来る理由がない。
 発信器の機能はあるかもしれないが、それも違反を検知した時に限定的に動くだけで常に監視している訳ではないとシュバルトは推測している。何故なら、リテイカーには逃げ場がなく監視の必要があまりないからだ。

 それでも、違反行為は即座に検知される。
 銃に組み込まれた電子機器を外せばばれずに殺せるかと言われれば、電子機器が機能不全になった瞬間に銃自体が機能不全になるので意味が無い。Xシリーズに限らず全てのリテイカーの武器がそうで、ナイフに至っては刀身内部に機器が組み込まれているので壊すのにナイフを破壊しなければならないという本末転倒なことになる。

 ちなみにこれは魔含獣に殺されたリテイカーをスカベンジしているうちに気付いたことだ。気付いたところで、余計に救いがないことが分かるだけだった。

 そして電子機器の中でも最も重要なのが、先述の管理タグだ。
 これがなければリテイカーはマターを使えない。
 使えなければ金も受け取れないし物も買えない。
 再発行は出来るが、一日かかるのでその間飲まず食わずになる。

「なので、管理タグは一生首から外さないくらいのつもりでいろ」
「はい、教官」

 ヴァイスは首から下がった管理タグを触り、素直に頷く。

「で、お前は幾ら貰えたんだ?」
「……300マターです」

 コチョウに言われたか、それとも薄々気付いているのか、かなり安い。

「ん。まぁ、スカベンジで弾は補充できたからギリギリ損はしてないって感じかな」

 シュバルトから肯定的とも取れる言葉を受け、ヴァイスは胸をなで下ろす。
 かくいうシュバルトも相変わらず利益ギリギリの500マターの稼ぎだが、別にそれで構わない。スカベンジで弾を少しばかり補充できたのでいつもよりお得なくらいだ。

(……ただ、こいつがいるせいで『あそこ』に行けねぇな)

 シュバルトの秘密の場所は、コチョウでさえ何かあるとは思っていても場所や実際に存在するものの正体までは見当がついていない特別な場所だ。見ず知らずのヴァイスを案内するどころか存在を悟られる気さえ毛頭ない。

 シュバルトはそのことはおくびにも出さず、施設内の自動販売機で商品を選ぶと、スロットに水筒の蓋を開けて置く。すると水筒内に水が注がれ、取り出し口からグリーンソイのパックが三つ出てきた。質素な袋に真空パックされた、栄養バーより少し大きいくらいの代物だ。

「水筒は別買いだ。なけりゃビニール詰めで出てくるんで、とても仕事に持って行けたもんじゃない」
「水、そうやって買うんですね……」

 今までそんなことをした感覚が無いのか、それとも水くらいはタダで貰える場所があると思っていたのか、ヴァイスは目に見えて落ち込んでいた。楽園内部では水は基本無料なのでギャップが大きいだろうが、現実は更に厳しい。

「言っとくが顔洗う水もクソを便所に流す水もねえぞ、ここは」
「はい? じ、じゃあ汚れはどうやって……」
「俺たちのクソと小便と老廃物を洗ってくれる装置が個人の部屋に必ず一つ配置されている。清潔装置とか言われる、人一人がすっぽり収まるカプセルだな。そいつを使えば身体の汚れも衣服の汚れもクソも小便も全部綺麗にしてくれる」
「ああ、そこは至れり尽くせりなんですね」
「そうかぁ? 便利ではあるがシャワーみたいなリラックス効果は皆無だぞ? 便所として使うのも暫く慣れなかった」
「慣れないって、そんな特殊な便器があるんですか?」
「違う。便器がないからカプセル内で突っ立ったまま全部垂れ流すんだよ」

 ヴァイスの顔が過去一番くらいに引き攣った。

「想像出来るか?突っ立ったまま糞尿垂れ流しするだけのトイレ。しかも出たモンは全部原理のよく分からない浄化装置の光で一瞬で消え去る。そのうち下着を下ろしてトイレするのが馬鹿らしくなって服着たまま全部垂れ流すようになったよ。汚れた服も装置が綺麗にしちまうからな」
「なんというか……なんでしょうね。人としての尊厳がないっていうか。すいません、どう言えばいいか分かりません……」
「俺だって分からんよ」

 気の毒そうな顔をするヴァイスだが、自分も気の毒になる自覚が相変わらずない。
 なんとも微妙な空気になってしまったが、便利なのは間違いない。
 だが、その便利装置だけが無料で使えることには意味がある気がする。
 人糞だって使いようによっては肥料だのに加工は出来る。
 リテイカーの老廃物さえ楽園の所有物というのが真実かもしれない。

「……まぁ、今見たと思うが一応自販機の説明するぞ。これは食い物用で、いろんなものを頼める。値は張るし簡素だが楽園内の即席飯もある。だがまぁ、殆どのリテイカーが買うのはこのグリーンソイバーだな。ザ・ディストピア食だが安価な完全栄養食だ」

 シュバルトはバーの袋を空けてそれを囓ろうとして――。

「待ってッ!!」

 突然焦ったヴァイスに止められた。

「なんだ?」
「待って……待ってください。その、上手く言えないけど、でもそれは……食べない方が――いい」

 ヴァイスは苦悩に満ちた顔で俯きながら、絞り出すようにそう言った。
 自分の見知った人がえげつないげてものを食べようとするのを止めるような――いや、それ以上に深刻な、まるで食べ物とは口が裂けても言えないものを子供の口から剥がそうとするような必死の抵抗感と不快感が入り交じっていた。

 その反応を見て、シュバルトは「ああやっぱりか」と思った。
 彼の立場なら、そこは知っているということなのだろう。
 噂は時として残酷なまでに真実を指し示す。

「ヴァイス」
「は、はい」
「例えばこのバーの原料が元は楽園で労働力として使えなくなった邪魔な独り身のじいさんばあさんの命を再利用して作られたものだったとしても、リテイカーはみんなこれを食うと思うよ」
「……ッ!!」

 ヴァイスはよろめき、尻餅をつく。
 彼はただただ、純粋に気圧されていた。
 自分がまったく知らない、理解出来ない現実に圧倒されていた。
 彼には悪いが、シュバルトはこれが「そうしたもの」であったとしても食べ続ける覚悟をとっくに決めていた。そして、堂々と彼の前でグリーンソイを囓った。

 薄い塩味の中にほんの微かな甘みがある、なんとも言えない微妙な味わい。
 外は乾燥してカリッとしているが、中はやたら密度が高いねっとりとした食感で、腹持ちはいいが積極的に食べたいと思うような美味しいものではない。値段を少し上げればフレバーが変わって多少マシになるが、だいたいのリテイカーが普段はこれで飢えを凌ぐ。

 或いは真実はそういうことではなく、これは楽園内の下水から抽出された汚物を加工しているのかも知れないし、汚い生ゴミの再利用品なのかもしれない。でもこれは一応食える味で、衛生に問題はなく、安価で手に入る。だからシュバルトたちはグリーンソイを食べる。
 
「リテイカーになる覚悟があるならグリーンソイを買えば良い。お前の今日の稼ぎでも水とグリーンソイくらいは問題なく買える。だが、どうしてもグリーンソイを食いたくないなら……とっととおうちに帰って温かいベッドで寝るんだな」

 呆然とするヴァイスに背を向け、シュバルトは行儀悪くグリーンソイを囓りながら自室へと向かう。真実を知った後のグリーンソイの味はいつもより不味く感じたが、元々美味しいものでもないとしっかり噛んで胃に流し込んだ。

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