雑魚狩りとスカベンジ。
これを繰り返せばひとまずリテイカーが収入に困る事はない。
「と、言いたいところだが、スカベンジは他のリテイカーも当然やっているから安定収入とは言えないし、雑魚狩りは体力の消耗が激しい割に収入が少ないので、正直マジで最後の手段だ」
「みたいですね。そもそもスカベンジした装備品が重い……」
幾人かの犠牲者の凄惨な遺体を乗り越えたヴァイスの手には自分のものも含めてX-1が4丁握られ、ポーチも魔含石と弾倉でパンパンだ。
ゲームのように重さや体積を無視して入れられる道具袋がない以上、当然の結果だろう。欲張れば欲張るほどに運ぶ姿がみっともなくなるものだ。
「勿論持ち物が重いと動きが鈍って魔含獣に対応しづらくなる。ピンチの時はどんなに後ろ髪を引かれたとしても捨てろ」
「うう、これだけ苦労してわざわざ運んでそれはご無体な……」
「心配すんな。どーせX-1の値段なんて10マターそこらだ。買うときは100マター取られるけどな」
「暴利っ!!」
「俺に言うな、コチョウに言え」
ぐぬぬ、と悔しそうなヴァイスだが、もう拠点が近い上に今日は碌な成果がなかったために僅か30マターでもないよりマシだと踏ん張っている。実は彼に教えなかった最後の切り札があるのだが、本当に誰にも教えていない最後の切り札なので流石に教える気にはなれなかった。
太陽は地平線へ吸い込まれていき、夜の暗闇に引きずり込まれる前にリテイカー達がぞろぞろと拠点に戻ってきている。思い思いの感情や態度だが、誰も彼もが今を生きるので精一杯といった風だ。
ヴァイスが周囲をきょろきょろ見る。
「沢山いますね。うろついている間は見つからなかったのに」
「狩りのポイントに存在する魔含獣は有限だ。かといって横取りしようとして流れ弾でも発生したら大変だから、存在に気付いても基本近寄らない。お前が気付いてなかっただけで今日の間に3,4人くらいには見られてたぞ、俺ら」
「……挨拶の文化さえ廃れてるんですね」
「そうでもない」
シュバルトが顎で差した先に、嫌みったらしい笑顔の大柄な男がシュバルトに近づいていた。
「よう、底辺野郎。ひょろいツレでも出来たみてぇだな!」
「……」
「ツレねぇなぁ! 俺より5歳も年上のクセに未だにランクⅠで雑魚狩り場に居座ってるカスのヌシさんがよぉ!」
シュバルトはまったく男に興味が無いので無視しているが、その大声で周囲がシュバルトの存在に気づき、ひそひそ話を始める。
(雑魚狩りとスカベンジばかりの腰抜けか……)
(そんなにポイントβが怖いのか? 損得勘定の出来ないバカなのかね)
(最低記録保持者は伊達じゃないってか。俺らの取り分が減るからとっとと死んでくれねぇかなあ)
シュバルトは悪い意味で有名なので、変な輩が絡んでくることも後ろ指を指されることもよくある。こんな希望のない世界にいると人の悪口が数少ない娯楽になっていくものだ。
ヴァイスは男にも周囲にも怪訝な顔をする。
「教官。この知性の低そうな方はお知り合いですか?」
「名前を知性低いマンと言う。戦場で早死にするマンでもよい」
「勉強になります」
「アハハハハ! まぁ口だけならなんとでも言えるわな! でも、結果はこうだ!」
男が懐から取り出したのは、美しい青の魔含石だ。
価値で言えば紫の魔含石の6,7倍――あれ一つだけでシュバルトの平均日収を上回っている。男の表情は勝ち誇ったもので、シュバルトの頭を上から押さえ込んでその表情を存分に見せつけてきた。
「シュバルトよぉ、俺はお前のことそれなりに評価してんだぜぇ? だから誘ってやったのに、うまい話に乗る判断力も長年ここにいたことでなくなっちまったみてぇだな! それともマジで弱いだけかぁ!? でも弱くても頭下げて赦しを乞うならいつでも歓迎だぜ、ハハハハハハハ!!」
男は去って行った。
ヴァイスは不快そうに鼻を鳴らす。
「なんですか、あれ? 腕が立つアピール?」
「少し前までおなじαで狩りをしてた奴だ。腕に自信があるランクⅠからⅢまでのリテイカーにはたまにああいうのがいる。まだここが地獄だとちゃんと理解出来ず、力と口八丁で同期くらいのリテイカーと組んで派閥みたいなものを作ろうとするんだ」
「でも、それは――上手く行かないんですよね?」
あの品のない男に命を賭けてまで守る仲間がいるとは到底思えない。
ヴァイスの懸念は大正解だ。
「そうだ。だから比較的楽なポイントβではギリ通じたとしても次のγに行くと瓦解する。そうでなくとも長続きはしない。みんな現実が見えてくるからだ」
あれでも彼が前から声をかけてきたのは本当のことだ。
しかし、前はもう少し物腰がマシだったし、シュバルトの腕前に期待しているのとは少し違う。
「あいつの近くにはちょっと前まで取り巻きがもっといたんだが、ここ数日で一気に見なくなった。多分くたばったんだ。俺に声をかけてきたのもそうだが、手駒が簡単に消える上に補充が容易じゃないことに今更気付いて焦ってんだろう」
「じゃあ、あの青色の魔含石はどうやって手に入れたんでしょうか?」
「青はポイントβでも滅多に見ない上位の石だ。当然持ってる敵は手強い。自力で手に入れたみたいにアピールしてたが、実際には欲を掻いて強敵に挑んだ結果なんとか倒せたが取り巻きがバタバタ死んだから、あいつなりにあの石ではったり利かせてみたんだろうな」
この世界に余裕のあるリテイカーなどほぼ存在しない。
どんなに羽振りが良いフリをしても、ここに来て長いリテイカーの目と鼻を誤魔化すことは出来ない。彼はあの高慢ちきな態度を改めることができない限り、部下の後を追うことになる。
「リテイカーの中にも楽園から追放されたことを認められない奴はいるもんだよ。気持ちは分からんでもないが、な」
「……同情するほどではないですけど、哀れな人ですね」
そう呟いたヴァイスは遠い目で、彼の背中ではない何かを見ていた。
流石に彼を救済したいとまで言い出すほどお花畑な頭はしていないようだが、彼にはこちらの想像以上の事情があるのかも知れないとシュバルトは思った。