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暇つぶし続々6

 誰かに助けられた人は、誰かを助けることの大切さを学ぶ。
 恩は巡り巡って、いずれ広がっていき、世界はより寛容になる。

「などという甘えた考えはここでは捨てろ。いいか、魔含獣に襲われたリテイカーを見つけても人助けはするな。死体になるのを待ってからスカベンジしろ。というか、そもそもアザーで善意や親切心を人に見せるな。本来俺がお前にこうして指導していることさえかなりおかしな事だと自覚しておけよ」

 実際、コチョウに頼まれていなければシュバルトは絶対にヴァイスにリテイカーとしての生き方の伝授などやらない。この推定良家のお坊ちゃんが何の為にリテイカーのことなど学びに来たのかは知らないが、だからこそ余計なことをされると困るので語気を強めた。
 案の定、ヴァイスはむっとした顔をする。

「それじゃ、目の前で死にそうな仲間がいても見殺しにしろってことですか?」
「ただ同じリテイカーというだけなら必ず見捨てろ。よほど信頼関係のある相手か、もしくはのっぴきならない事情があって、どうしても、ど~~~してもそいつに生きていて貰わないと困る時だけ助けてもいい」

 かなり重要なことなので念入りに念を押したが、押しすぎたのか逆にヴァイスはしっくり来ていないようだった。しかし彼もここまでのやりとりで多少は慣れてきたのか、義憤に肩を怒らせたりはせず冷静だった。

「そこまで言うんなら大きな理由があるんですよね」
「あるとも。さしあたって最大の問題がフレンドリーファイアだ」
「照準を誤れば助けようとした相手そのものに当たってしまう、ということですね?」
「ちょっと違う。同じリテイカーを撃った際の罰則があるからだ」

 シュバルトは銃をぽんぽんと叩く。

「リテイカーに支給される武器には全てに電子回路が存在し、それは俺らの行動を随時見張っている。そして違反行為があれば即座に「執行委員会」に情報をおくり、執行委員会が有罪と判断すれば即座にシャルフリッターが違反者をその場で処刑する。連中はリテイカーの申し開きなんか聞く気がないから、誤射だろうがなんだろうが死刑だ。俺の知る限り例外はない」

 事故で壊れた銃の中から出てきた機械と状況証拠から暴き、コチョウにカマかけしてここまでは突き止めた、というのは黙っておく。他のリテイカーは知らない情報だろうが、長くこの仕事を続けていれば状況証拠から勘付いている者もいるだろう。
 ヴァイスは顎を指で触り思案する。

「……シャルフリッター。処刑人(シャルフリヒター)と騎士団(リッター)を組み合わせた造語でしょうか。なんというか、こじゃれてるのがまた悪趣味ですね」
「それについては同意する。なお、跳弾及び設定された有効射程圏外での弾丸の命中は機械が判断出来ないのでノーカンだ。数打ちゃまぐれで当たるかもしれんが、弾の無駄だわな」
「よく分かりました。しかしそれだと信頼関係のある相手は助けてもいいという話と矛盾しませんか?」
「リテイカーに仲間は基本出来ない。もし出来る相手がいたら、心中してもいいくらい深い関係だ。こんな終わった世界で命を賭けるに足る理由の究極の形――それは情という自己満足しかない。これは生き様と死に様の問題だ」
「生き様と、死に様……」

 ヴァイスは息を呑む。
 どんなに人権がなくなろうが、どんなに希望がなかろうが、リテイカーは人間でしかない。地獄で芽生えた絆は本物だ。助けなければ一生後悔すると思ったその瞬間、人は愚かであっても選択せずにはいられない。

「どうせ野垂れ死ぬことが決まっている人間の命なんて軽いものだ。ま、俺はそういう関係の仲間はいねーけど。一人のほうが気が楽だよ」
「でも、何もないよりはいいんじゃないでしょうか」
「……かもな」

 それは、せめてそれくらいの救いがあって欲しいというヴァイスの願望が籠もっているようで、しかし確かに何もないまま死ぬよりはまだ救いがあるなと思った。
 しんみりしてしまったが、そんな時間が勿体なくなってシュバルトは説明を続ける。

「話を戻し、助けない方が良い理由がまだある。襲ってきた魔含獣の魔含石の取り分を巡ってトラブるんだよ。リテイカーなんて基本強欲だからな。カッとなって撃たれて、自分は死ぬし相手も処刑されるなんて馬鹿らしいにも程があるだろ?」
「えぇ……譲る方向の暗黙の決まりはないんですか? 感謝の印に一個魔含石を渡すとか」
「古人曰く、貧すれば鈍する。そもそも見捨ててから魔含獣を倒せばそいつの装備とそれまでに稼いだ石を丸ごと頂戴できるのにそのシステムやるメリットあるか? と、殆どのリテイカーが思うだろう。思わない奴は近々死ぬのでカウントされない」
「後者の理由が一番大きそうでものすごく心がもやもやするなぁ! 正論なんだけどさぁ!!」

 自分の命を第一に、利益を第二に。
 これは生き残るリテイカーが必ず守っている原則だ。

「ともあれだ。新人リテイカーは毎日何人かはやってきて、高確率で死ぬんだ。死んだリテイカーから装備品を回収して換金施設に持ち込めば小遣い程度にはなるし、ネコババもありだ。特に弾と魔含石は必ずネコババした方が良い」
「執行委員会とやらに怒られません?」
「魔含石の回収は最優先事項だし、弾抜いてた方があっちも銃を整備しやすいだろ。なんの規約にも違反してないので問題ない。それより――覚悟できてんのか?」

 念のために確認すると、彼は何のことか分からず、しかし真面目な話であることは気配で察して恐る恐る聞き返してくる。

「なんの、覚悟ですか……?」
「死体漁り(スカベンジ)するってのは、魔含獣に頭や胴体囓られてグチャグチャになった『元人間』から装備を引っぺがすってことだぞ。言っておくが俺は初見でゲロ吐き散らかしたからな」

 数分後、ヴァイスは吐瀉物を吐き散らかした。
 そして、泣いて謝りながら銃から弾倉を抜き取った。

「ごべんなざい゛……えぐっ、無駄には……しま゛ぜんからっ!」
(……俺の時は怖くなって弾も抜かずに逃げ出したっけな。ちょっと見直したぞ)

 ヴァイスは、以外と根性のある男なのかもしれない。
 ただ、遺体を埋葬したいと言い出したときはにべもなく禁じた。
 リテイカーには墓も葬式も存在しない。
 それが、アザーという場所なのだから。

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