みなさまこんにちは、カイエです。
「庭にはいつも、ちよろずの落ち葉」にコメント付き☆レビューを頂戴いたしました!
過分な評価ありがとうございます!
どちらかと言うと失敗談だらけのこの連載ですが、先日息子に「現代っ子は自分語りを嫌う」と聞いて戦々恐々しています。
あと、良かれと思ってやっている創作物の布教も、基本的には「迷惑」なんだそうで……え、うそ、ぼくが子どものころは友達から面白いものを布教してもらうのってすっごくありがたかったんですけど、今は逆なの?! と冷や汗をかいています。
自分、大丈夫すか。
事故ってないですか。
……と気を使いすぎて書きたいように書けなくなるのでは過去の自分「少年カイエ」に申しわけが立たないので、これからも同じペースでやっていきます。
苦手な方ごめんなさい。
ぼくはこれからもこんな感じです。
読んでくれているかた、本当にありがとうございます。
ぼくの人生の半分は皆様への感謝でできております。
▽
今回、コメント付き☆レビューをくれた九月ソナタさまですが、このかたのエッセイを一つ紹介させてください。
ぼく的に雷に打たれたような衝撃を受けた文章です。
蕪村の「のたりのたり」 - 九月ソナタさま
https://kakuyomu.jp/works/16817330655791745436 ぼくが子どものころ、蕪村の句「春の海 終日(ひねもす) のたりのたりかな」を読んで、とても感動しました。
「なんてとぼけた、ポカポカと心地よい文章なのだろう。さすが文豪はすごい」などと思っていたのですが、この「のたりのたり」というオノマトペ、ぼくは「こっくりこっくり」に近い、午睡の感覚を言い表したものだと感じたのです。
ですが、その後の学校の授業で「のたりのたりとは、寄せては引く波の表現」と聞かされました。
ショックでした。
うそやろ。
ぼくの感動を返せ。
▽
それからこの句を見るたびにそのことを思い出していました。
でも先日、九月ソナタさんの書かれたこの文章に出会いました。
これ、すごくないですか。
ぼくはこれで「もしかするとぼくの感じたことは間違いではなかったのかもしれない」と考えるに至りました。
あるいは船に当たる波の音かもしれませんし(これも「のたりのたり」っぽい)、実際はどうだったのか、今ではわかりようはないのですが、どうせなら自分の感動は誰に邪魔されることもなく全部正解と言うことにしておく方がいいよな、と思うに至りました。
というわけで、ちょっと長文になりましたが、衝撃が薄まる前に文章に認めてみました。
皆様はどう思われましたか?