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読者が想う部分を文章に書きすぎな!? 240716

 どうも。自分の心を解放することに決めたあばらです。もう、変に気を遣わない! 先日立てた自主企画でも『条件に合わない作品だったら読むのをやめます』ってはっきり書いてしまった……。まぁそんな感じで、もう自分が他人にどう見られるかを気にせず、心の赴くままにやろうと思います!
 なんというか問題ない気がしたんですよね。嫌われてもそんなに関係ない! なにせ自分なんてほとんど知られてないし交友もほとんど無いしで、好き勝手言ってもあまり気にされずすぐ忘れるだろうなぁと思いまして。

 そんな前置きの上で話しますが……。
 今回のノートでは直々に自分ことあばらが、皆様の文章にダメ出しをしようかと思います!
 なにせあばら、文章がうまいですからね! 任してくださいよ!
 正直、作品を読んでいてよく引っかかるような、皆様の文章にありがちな違和感がありまして、なんとなく最近その引っかかりに答えが出ました。

 皆様はね、書きすぎなんですよ! なんでもかんでも!
 ……まぁ前もって言いますが決して悪いことじゃないです。書きすぎだからって減点はされません。
 ただ! 文章がすごくかっこよくないように感じるんですよね。文章がオシャレじゃない! スマートじゃない! 綺麗さを感じない! せっかく文章で魅せるのが小説なのにもったいないなぁと。
 というのもですよ、まず自分がどんな文章に違和感を覚えていたのかと言いますと……。

『(主人公)は悲しみに打ちひしがれ、雨の中で激しく泣いた。彼は今強い悲しみと無念で胸が張り裂けそうになり、それが肺から声になって溢れているのだ。そして彼の頭の中では―――』

 みたいな感じ! カクヨム内を巡るだけでも結構見ると思います。こういう感じの書きすぎな文章。
 なんかこういう文章を見る度にいつも「んん?」っていう表現できない違和感があったんですが、自分の中でスッキリする結論が出ました。
 地の文に『読者が想うこと』を書いているんですよ!
 ニュアンス的に分かりますかね?
 上に書いた文章を例にすると、つまり作者は作品を通じて読者に「ふーん。主人公は今悲しみに打ちひしがれてて、悲しみと無念で胸が張り裂けそうなんだなぁ」って想わせたいわけじゃないですか。それをわざわざ地の文に起こすのがオシャレじゃない!
 いやもう、この感じ分かりますかね!? すごく分かってほしい! この無駄でシュッとしてない感! 雑な感じ! 作者『○○はこう思ったのだ』→読者「へぇ、○○はこう思ったのかぁ」のダサさ!
 もちろんアレですよ。別に見せ場じゃないようなところで直に想わせたいことを書くのはいいんですが、見せ場というのなら! 作者が上手く表現して想わせるのがかっこいいと思うんですよ!
 それにさ、特に純文学だったらさ、本当にこういう意識は持って欲しい! 純文学こそ文章の良さで魅せるジャンルなのに!

 例えば『走れメロス』でもラストで王様がメロスとセリヌンティウスに「私もハグさせてくれ!」みたいなこと言うじゃないですか。
 そのシーンで太宰治は「王様はこれこれこういう感情を抱いてそう言ったのだ」みたいなことを地の文で書きましたか!? 書いていないでしょ! でも太宰治は読者に「王様は二人のやり取りに感動したんだなぁ」と想わせたんです!
 まさにそれ! あばらがやってほしいこと。ダラダラと書いてる作品を見てると自分は「うわ、なんかな……」って思ってしまうんですよ!
 想わせたいことをそのまま書くんじゃなくて、読者が想うように誘導する文章がやっぱりオシャレでスマートなんですよ! これは間違ってないと思う! だって単純にそのまま書くよりも、そっちの方がテクくて上手じゃないですか! 文字数も短くなって文章の効率も高くなりますし。

 そして勘のいい方ならもう分かったことでしょう!
 このノートはそういうちょっとした不満を吐き出すためのノートだということに!

 あ、あとアレ!
 よく見る気に入らない文章があるんで言っていいですか!

『「全くもう、君はツレないやつだなぁ。あはは」
「先輩の誘いがしつこいだけです」

 僕はからかう口ぶりの先輩の言葉を軽くあしらった。』

 こういう文章! 例としてだいぶコンパクトしたものですけど、同じことをわざわざ書いてるんですよ! 分かります!?
 からかう口ぶりの先輩の言葉を軽くあしらうやり取りをした後に、地の文で『からかう口ぶりの先輩の言葉を軽くあしらった』と書いてるんですよ! そんな感じで、わざわざ同じことをもう一回書く文章も、まぁよく見るよく見る!
 めっちゃ細かいところですけどね。でも気になっちゃって……。これもまた無駄感があるなと思ってしまいます!
 さっきの話にも通じますが、結局これも書きすぎの典型例というか、読者に想わせる意識が薄いからだと思いますね。
 だってまず会話文に目を通す読者の想いを想像していないのですから。だから読者が既に想っていることと同じことを書いてしまう。書かなくていいのに! その無駄さが自分にとってちょっとした引っかかりになってしまいますな。
 つまり一言で言うと「地の文に書かなくても見りゃ分かるし!」ってことです!
 

 ということで……。無駄はかっこよさの大敵ですからね。極力削っていきたい。この話に関しては自分も「あぁ、気をつけなきゃな」っていう気持ちも含まれております。
 まぁいいや。この意識を持ってるだけ自分は文章がうまいと言っていいでしょ、なんて思いつつ。
 では、ここまで読んでいる人がどれほどいるか分かりませんが、次のノートまでさようなら!

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