友人のT氏からお題をもらい、それでホラーを書こうとして、どうにも続きを書けなかったやーつ。ほんとすいませんT氏。そろそろ会うので、その、進捗報告がてらの没を……。
お題の方はちょっとホラーじゃない違うジャンルで挑もうと思います。
◆◆◆
ベッドに入ったタイミングで、サイドテーブルに置いたスマホが鳴った。
どうやら、義弟から動画が送られてきたらしい。
珍しいこともあるものだと、何の気なしに再生してみたら、いきなり義弟の声が耳に届く。
『もうすぐさ、ねえさんの誕生日なんだけど、何がいいと思う? 富樫くん』
『ぼくに訊かれても分かりませんよ、そんなの。……いくつくらいの方なんですか?』
『いくつだと思う? ……そんな面倒そうな顔をしないでよ』
変な動画だ。
確かに私の誕生日はもう間もなくだけれど、私に何を贈るか話し合っている動画を、何故当の私に送ってくるのか。意味が分からない。
それに、動画には義弟と、義弟の知り合いらしき富樫くんの姿が一切映っておらず、どこかの壁が……黄ばんだ白い壁とみっちりファイルが詰まった本棚だけが映り、二人の声しか聴こえてこなかった。
『ねえさんはね、おれより三つ歳上』
『へえ……あれ? そもそも黒崎さんっていくつでしたっけ?』
『何でおれの年齢知らないんだよー。おれと君の仲じゃんかー』
『たった一月の付き合いですけど?』
『だっけ?』
『黒崎さんが先に働いている所に、ぼくがバイトを始めたんじゃないですか』
『なんかもうちょっと長い付き合いな気がするな、おれ』
『気のせいですよ。そんなことよりも、えっと……取り敢えずおねえさん、二十代の方ですかね?』
『そうだけど、何、調べてくれんの?』
『文明の利器は使った方がいいですよ。二十代女性に喜ばれるもの……ギフトセットとか、アクセサリーってありますね』
『アクセサリー! 今年はそれにしようかな!』
義弟の声が弾む。ぱんと手を叩く音も聴こえてきた。
『ねえさんはね、土星の小物が大好きなんだよ! ネックレスにイヤリングにブレスレット、小さな置物も集めてるんだ!』
『土星が好きなんて変わってますね』
『え?』
『……ごめんなさい』
『いいよ。実はね、おれが耳に付けてるこのピアスもね、ねえさんにもらったんだよ。本当はイヤリングが欲しかったらしいんだけど、ネットで注文する時に間違えちゃったみたいでさ、おれピアス開けてるからもらったんだ』
確か、イヤリングに交換できないか連絡しようとしたら、そのピアスちょうだいってかなりしつこく言ってきたから、仕方なくあげたんだよな。後日同じデザインのイヤリングが届いて耳に付けたら、お揃いだお揃いだって跳び跳ねながら喜んでいたっけ。
大学生の行動とは思いたくない。
『ほらこれ、ほらこれ!』
『見せなくていいですよ。取り敢えず土星の小物ですね。どんなのあるか……うわ』
『どうかしたの?』
『スマホの充電が切れたみたいです』
『充電しなきゃだねー。じゃあ、おれので調べようっと』
ねえさん、土星、ねえさん、土星。そんなことをリズミカルに繰り返し呟きながら、義弟の声が近付いてくる。間もなく、画面に顔が映った。……はずだ。
ちょっと伸びた黒髪を後ろで結んでいるのも、両耳に揺れる赤銅色の土星のピアスも、どちらも義弟の特徴だけれど、それを義弟であると認識できなかった。
顔が黒い。
塗りたくったように顔一面真っ黒。目も鼻も口も見当たらない。
まるで、黒塗りのっぺらぼうだ。
「何これ」
『何これ』
動画の中で、義弟の声が私と同じ言葉を呟いた。
『どうかしたんですか?』
『なんかね、全然覚えがないのにカメラモードに……あれ、これ録画中じゃ』
動画はそこで途切れた。
真っ暗になった画面を、しばらく眺めていた。これは、何なのか。分からない。分からない、けれど……義弟、義弟はどうしているのか。
義弟に連絡をしようとスマホを操作する。
電話は繋がらず、メッセージも全然既読にならなかった。いつもなら一分もしない内に既読となるのに。
「……っ!」
傍に置いていた室内杖を手繰り寄せて、ベッドから出る。そのまま真っ直ぐ玄関まで向かえば、いきなり解錠の音が室内に響き、扉がゆっくり開いていく。
そろそろ日付が変わる。義弟はいつもこの時間に帰ってくる。何も起きていなかったら、ああ義弟が帰ってきたんだなと思えるけれど、変なものを見た後だと身構えてしまう。
この家に入ってくるのは、義弟なのか?
玄関から目を逸らさないまま、壁にもたれる。廊下の壁には手すりが取り付けられているから、それに掴まって、杖をぶん回すくらいは私でもできるんじゃないか。
じっと、じっと、その時を待つ。
果たして、それは、
「──あれ、ねえさん起きてたの?」
義弟だった。
我が家の廊下はそこまで長くないし、私は片足が悪い代わりに視力は良いのだ。
声も、髪型も、ピアスも、──顔も、全て義弟が義弟であることを証明している。
「ああ……」
「ねえさん!」
気が緩んで思わず床に座り込んでしまった。うっかり左足に体重が掛かって痛みが走り、顔をしかめていると、玄関からすっ飛んできた義弟がしゃがみこんで身体を支えてくれた。
「だ、大丈夫? 捻ったり折れてたりしてない?」
「……」
「ねえさん? ねえさん痛い?」
心配そうに眉根を寄せて、私の顔を覗き込む義弟。
拳一個分の距離。
その距離から見ても、義弟の顔はいつも通りだった。
「……おびと」
黒崎おびと。それが義理の弟の名前。
名前を呼ぶと、義弟は肯定するように頷いた。
「どうしたの? 救急車呼ぶ?」
「それはいい。……おびとよね?」
「そうだよ、ねえさんのおびとだよ」
「重い」
「何が?」
「……おびとならいいの。取り敢えず、ベッドに戻りたいから手伝ってくれない?」
「お安い御用だよ!」
肩を貸してくれればいいのに、義弟はわざわざ私を抱き抱えてベッドに運んだ。そこまでのことは頼んでないのに。ベッドに横たえられると、ついでに足も見られた。腫れてなければ赤くもなってないとのこと。
「大丈夫そうで良かった」
義弟に文句を言いたかったけれど、いつもの無駄にテンションの高い調子じゃなくて、静かに笑い掛けられたものだから、私は何も言えなくなり、動画のことを訊けないまま、寝室から出ていく背中をそのまま見送ってしまった。