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 とある自主企画に参加させようと思って、力尽きて、放置して、間に合わなかったやつ。
 あったかい話になるはずでした。

◆◆◆

 カランコロンと軽やかな音が室内に響き、グレイシアは動きを止めた。魔法薬の調合が終わり、使わなかった素材を棚に仕舞っている途中でのことだった。
 カランコロン、カランコロンと、暖炉に飾る小さな鐘は鳴り続ける。その鐘は特別な時にしか鳴らず、もうそんな時期なのかと溜め息を溢しながら、グレイシアは手に持っていた素材を棚に全て仕舞っていく。そして、別の棚の引き出しから便箋を取り出してテーブルに持っていった。インクだらけの汚れたテーブルにはインク壺と羽ペンが置かれており、椅子に腰掛けるとさっそく便箋に文字を書き始める。

『いつもご贔屓にしてくださりありがとうございます。申し訳ありませんが、しばらくの間お休みさせてもらいます』

 似たような文章を何枚も量産していき、一枚書き終わるごとに便箋を二つに折って、宙に向けて放り投げる。すると便箋は意思を持っているかのごとく彼女の頭上を飛び回り、開けっぱなしになっている窓から出ていってしまった。
 ──グレイシア・マドル。
 それが、ほどほどの魔力と膨大な薬学の知識がある、特別な役目を担う魔女の名前であった。
 艶やかな赤毛と空色の瞳を持つ美しい少女の外見をしていながら、およそ八百年は生きている魔女。本来であれば、彼女の魔力量ではその外見の若さを保つことはおろか、そんな歳まで生きることも叶わないはずだが、遠い昔、それこそ駆け出しの頃に契約した存在によって、彼女の若さと生は維持されている。
 グレイシア・マドルの役目、それは──。

「キエェェェェェェェェェェェェェェっ!」

 鳥の囀りと女の悲鳴が混ざったような声が、彼女が住む家の外から聴こえてきた。もう来たのかと、彼女は羽ペンを放り投げ、すぐに椅子から立ち上がり、テーブルの端に置いてある琥珀色の毛布を手に取った。一瞬、最後に洗ったのいつだっけ、と彼女は思ったが、頭を軽く振ってその考えを打ち消す。多分大丈夫だ、におってないし。
 毛布を広げ、暖炉の前に立つ。間もなく、煙突の中からぶつかるような音と共に何かが落ちてくる。大きい。小柄な女性くらいの大きさだ。その物体は、家の外ではうるさく鳴いていたくせに、火のついていない暖炉の中、灰を身体に擦り付けるように蠢いている今は「キエ、キエェェェェ……」と弱々しい鳴き声を上げていた。
 グレイシアはその物体に近付き、持っていた毛布でその身を包んでやった。そうしてぎゅっと力強く抱き締めてやる。

「お久し振りね、ポエニクス。百年振りかしら。相変わらずあったかい。もう少し寒くなった頃に来てほしいと前回お願いしたわよね?」

 そんな軽口を彼女は叩いたが、相手はキエェェェェと鳴くだけ。──それは、鳥の見た目をしていた。白鳥のような美しさと孔雀のような派手さを持つ、赤と橙が混ざったような色合いの、大きな鳥。
 火の鳥、不死鳥、フェニックス。そんな風に呼ばれ、分類される鳥。グレイシアはその鳥をポエニクスと呼んでいた。そのように昔、鳥が名乗ったから。
 ポエニクスを抱き締めながら、グレイシアは小さな声で言葉を紡ぐ。途端に、暖炉の中に火が灯り、ポエニクスは奇声を発した。その声はどこか、喜びに満ちているようだった。

「何日くらい掛かるのかしら。ねえ、お願いだから、早く済ませてちょうだいね?」

 火の中にありながら、ポエニクスも毛布もグレイシアも、燃え上がったり焦げたりしていない。火をつける時に、そうはならないようグレイシアが一緒に魔法を掛けていたからだ。
 当分の間、彼女はポエニクスを温めないといけない。
 ──不死鳥の死に寄り添い、転生に立ち会う。
 そういう契約を、随分昔にしてしまったものだから。
 ポエニクスを抱き締め、その小さな頭を撫でながら、グレイシアはそっと瞼を閉じた。

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