※本編のオマケです。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの馴れ初めを気が向いたらこちらにアップしていきます。
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親父が俺を売ると決めてからの動きは早かった。
その翌日には親父に簀巻きにされ、猿轡を嚙まされた状態で教会に連れて行かれ、関係者の前に転がされる。
くそ、まさか親父の号令で家来衆全員が縄掛けにきやがるとは。
あいつら覚えとけよ。
「というわけで、愚息がグリエ殿を攫って連れ帰っていました。このとおり、グリエ殿は確かにお返しいたしました。では」
そう言うと、用件は済んだとばかりに帰ろうとする親父。
もちろん、教会のおっさん達は声を荒げて止めにかかる。
「『聖者』殿よ。まさか、詫びの一つもなく事を済ますおつもりか!?」
「犯人は愚息なので、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
半笑いのクソ親父が、床に転がる俺を指差す。
絶対いい死に方しねえぞ、このエセ聖者が!
「ご子息の不祥事は即ち、貴殿の不手際だろう!」
やいのやいのと騒ぐおっさん達を呆れたように眺めていた親父が、軽く肩をすくめたあと何を思ったか俺の縄を解いた。
「ジダ。グリエ殿可愛さについつい攫って連れ帰ってしまったことを悪いと思っているなら、皆さんに頭を下げてください」
そもそも俺の不祥事じゃねえけどな! と叫びそうになるのをグッと抑え、床に座り込んだままおっさん達を睨み付ける。
「悪いなんてこれっぽっちも思ってねえよ。あんたらもさあ。いくら形骸化してるっつっても大切な儀式の日に頭から簡単に目え離すんじゃねえ。ほんと反省しろよな」
どんだけザルだよお前らの警備態勢。
「なっ!? 人攫いが何を偉そうに!!」
誰が人攫いだよ!
くそっ、ほんとのことぶちまけてやろうか。
そんな俺の気配を察したのか、親父が俺の首根っこを掴んで立ち上がらせながら、これで話は終わりだとばかりに言う。
「このとおり、息子は本件について特段悪いと思っていないらしいので、残念ながら頭を下げさせるのは困難のようです。では、失礼」
「ヘッセリンク伯! その態度、我ら教会を侮っていると受け取るがよろしいか!」
「ほう。侮っているとしたら、どうすると言うのですか?」
「ひっ!?」
突然の親父からの威圧に腰が抜けたらしい教会のおっさんが、情けねえ声を漏らしながら床にへたり込む。
あーあ、入っちまったよ。
大人しく帰らせりゃよかったのに、余計なこと言いやがるから。
「そちらこそ、ヘッセリンクを侮っていると受け取るがよろしいか? もしご希望なら、あなた方が神の下に向かう手助けをすることも吝かではありませんよ? まさか、私が世間一般で言われているほどお人好しでないことをご存知でない?」
世間一般でもあんたはそこまでお人好しだと思われてねえよ、なんていうのは置いておくとして。
さて、どうすっか。
ここで親父に本格的に暴れられたらこいつだけでも連れて逃げなきゃいけねえが、それだと本当に人攫い扱いされそうでシャクなんだよなあ。
仕方ねえ。
「その辺でやめとけよ親父」
おっさん達を庇うよう、聖者どころか魔獣みてえな笑顔で魔力を練る親父の前に立つ。
ほんの数瞬の睨み合いのあと、親父が練り上げた魔力を霧散させて教会のおっさん達に微笑みかける。
「あはは。冗談ですよ、冗談。『聖者』なんて呼ばれている私が、本物の聖者を目指す皆さんと仲違いしていては、神も不安でしょうからね」
国一番の危険人物が神さんの心配なんてしてんじゃねえよ不敬か。
「俺が言うことじゃねえが、お前もあんまおっさん達に迷惑かけんなよ?」
一連の流れを腹を抱えて笑いながら見ていた女に声を掛けると、細い指で涙を拭いながら言う。
「ふふっ。ご忠告痛み入ります。機会があればぜひまた攫いに来てくださいな。ジダ様なら大歓迎です」
「やめろ。俺の立場が悪くなるだろうが」
「もうだいぶ悪いのでは?」
「誰のせいだと思ってんだこのじゃじゃ馬」
元々ヘッセリンクと教会なんて仲がいいわけがねえのに、親父が聖者なんて呼ばれ出して一層嫌われて、今回の誘拐騒ぎだ。
冤罪だが、俺は教会の頭を攫った罪人として歴史に名を残すことが決まった。
めんどくせぇことになったと柄にもなく天を仰ぐ俺に、人でなし聖者が言う。
「グリエ殿との別れが名残惜しいのはわかりますが、もう行きますよジダ。あまり国都に長居すると、森での仕事が滞りますからね」
「うるせえよろくでなし聖者が。まあ、仕事が滞るのはあんたの言うとおりか。じゃ、あばよ」
「はい、お元気で。くれぐれもご自愛ください」
俺が軽く手を振ると、楚々とした動きで頭を下げた。
「……ま、本当に逃げ出したいくれえしんどいなら文でも寄越せよ。変わりもん同士の誼みだ。気が向いたら攫いに行ってやる」
「それはつまり……、結婚?」
「やっぱ今のなし」
うん、血迷った。
それ以外にねえわ。
にやにやしてんじゃねえよクソ親父。
あんたらもそんな人殺せそうな目で見てんじゃねえよそれでも聖職者か。
「まあ! 照れ屋さんですねジダ様は。もし何かに迷われた時は、私にお手紙をくださいな。迷える子羊を導くことこそ、本業ですので」