以下は、3/17投稿分『過去のお話8』の没verです。やっぱりパパン目線がいいなということと、語り手が名もなき昔の総隊長だとわかりづらいなということで没にしました。
とはいえせっかく書き上げたので、こちらで公開させていただきます。
ご覧いただく際は、ノークレームでお願いします( ͡° ͜ʖ ͡°)
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馬鹿な味方ほど恐ろしいものはない。
近衛の総隊長などやっていると、そのことが身に染みることがあるのだが、この時は特にそれを強く感じることになった。
馬鹿な味方こと第二近衛の連中が、よりによってあの『炎狂い』プラティ・ヘッセリンクの息子、ジーカス・ヘッセリンクの息子に絡んだというのだから。
訓練場で相対する第二近衛とジーカス・ヘッセリンク。
私が見ている前であまりにもくだらない挑発に及んだ第二の馬鹿ども。
そのあまりの下劣さに物申すべく私が駆け寄ろうとしたとき、腰に提げていた剣を地面に放り投げたジーカス・ヘッセリンクが第二の連中に向かってクイクイッと手招きをする。
「一人ずつなど面倒だ。全員まとめてで構わない」
怒りを露わにすることもなく、真顔でそんなことを言うジーカス・ヘッセリンク。
当然、自尊心の塊である第二の連中が騒ぎ始めるが、不思議そうに首を傾げてみせる。
「なにを騒ぐことがある? まさかとは思うが、貴殿らと私が一対一で勝負になるなどとおかしな夢を見ていないだろうな? 遠慮はいらないぞ愚かな近衛諸君。恨みっこなしで、せいぜい心ゆくまで殴り合おうじゃないか」
止める間もなかった。
殴り合おうじゃないかと言い切る前に飛び出したジーカス・ヘッセリンクが、第二の隊長の顔面に拳を叩き込む。
人を殴ったとは思えない音とともに地面に崩れ落ちる同僚。
死んだか?
遠目にはそう見えるほどの倒れ方だった。
それからは一対多数の乱闘だ。
心ある第一、第三近衛の隊員が止めに入るため飛び出そうとするが、総隊長権限で誰も動くなと指示を出す。
そこから我々が見せられたのは、未来の護国卿による一方的な蹂躙劇だった。
どちらかというと可愛らしい顔をした若者が拳を振るうたび、次々と数を減らしていく第二近衛。
最後まで立っていた、というか逃げ惑っていた若い隊員が壁際に追い込まれ、命乞いの甲斐もなく腹部に拳を突き刺されて意識を断ち切られたことでようやく悪魔のような時間が終わる。
重苦しい空気の中、どう収拾をつけようかと頭を悩ませていると、数人の人影が訓練場に入ってくるのが見えた。
やってきたのは、王太子殿下だった。
最悪だ。
いくら相手がヘッセリンク伯爵家だとて近衛の一隊がたった一人に全滅させられたあとの光景など、未来の国王陛下に見せていいものではない。
「これは……。やり過ぎだ、ジーカス」
「誰一人殺しておりませんよ? まあ、当面使いものにならない者くらいはいるかもしれませんが」
あまりの惨状に天を仰ぐ殿下に対し、ジーカス・ヘッセリンクは涼しい顔だ。
あれだけの人数を殴り倒しておいて息も上がらないとは、やはり化け物か。
「しかし、第二近衛がたった一人を相手に全滅とは。控えめに言って赤っ恥だぞ、お前達」
殿下の矛先は、当然というか総隊長である私と、若手部隊を率いる三隊長に向けられた。
未来の国王陛下の厳しい視線を受けた我々は、混じりっけのない本音でお答えする。
「恐れながら、恥をかいたのは第二の馬鹿どもだけです。我々第一近衛はジーカス殿に悪感情を抱いておりません」
「私達第三近衛も同様です。世間知らずな先輩方が身の程知らずにも化け物に喧嘩を売っただけでございます」
躊躇うことなく第二を切り捨てた我々を見て、殿下は再び天を仰いだ。
「もういい。それでジーカス。何があった。お前のことだ。特に理由もなくこのような凶行に及ぶとは思っていない」
「そうですか? 私はヘッセリンクなので大いにありそうだと思いますが?」
殿下の問いかけに、まともに取り合うつもりはないとばかりに肩をすくめつつ答えるジーカス・ヘッセリンク。
ヘッセリンクだからと言われればそれだけで納得してしまいそうになるが、殿下はゆっくりと首を横に振る。
「『炎狂い』ならそれで納得もできようが、やったのがお前なら疑問を呈さざるを得ない。森での魔獣狩りと婚約者殿にしか興味を示さないあの『無言槍』が好き好んで近衛と一戦交える? ないな」
確かに、あのプラティ・ヘッセリンクなら大いにあり得る。
まあ、その場合は訓練場全体が黒焦げになっているだろうが。
「殿下に信用していただいていることには素直に感謝いたします。ただ、この後の模擬戦はあくまでも私事でございますので」
「頑固者め」
ジーカス・ヘッセリンクが口を割らないと判断した殿下は、再びこちらに視線を向けた。
何があったか吐け、ということだろう。
だが、私も近衛である前に一人の男だ。
殿下の前で突っ張ってみせる勇敢な男を売るような真似はできない。
「ジーカス殿に非はないとだけ」
「お耳に入れるにはあまりにも。ご容赦を」
若手部隊を率いる第三隊長も同じ気持ちらしく、殴り合いの理由を明かす事はしなかった。
流石は将来の総隊長と見込まれた男だ。
肝が据わっている。
「そうか、口を割らないなら仕方ない。今回のことは近衛全体の連帯責任といこう」
話が変わった。
「第二の阿呆どもが『炎狂い』殿とともに登城されたジーカス殿に一方的に絡んだことが原因でございます。絡んだ理由も、ジーカス殿が殿下と親しいことに対する嫉妬と実にくだらないもの。呆れてものも言えませぬ」
「ジーカス殿はそれでもやんわり事を収めようとされたのですが、馬鹿者の一人が婚約者殿に言及したことで、乱闘に発展いたしました」
「お二人とも口が軽すぎるのでは!?」
おかしなことを。
いつから我々の口が硬いなどと思い込んでいたのか。
「愚か者達の巻き添えを回避できるなら、ジーカス殿一人売り飛ばすなど造作もないことだ」
私の物言いに目を見開くジーカス・ヘッセリンク。
ふっ。
まだまだ青い。
「よりによって婚約者殿に言及しただと? ジーカスの婚約者はあのラスブラン侯の御息女だぞ!? すぐに父上の耳に入れなければ。冗談ではない。最悪の場合ヘッセリンクとラスブランが敵に回る!!」
そう絶叫して駆け出そうとする殿下。
しかし、それを止めたのは、他でもないジーカス・ヘッセリンクだった。
「お待ちください、殿下。直接拳を交わしたことで私は十分に発散できました。これ以上事を荒立てるつもりはございません」
「しかし!」
「殿下とこの場にいる近衛の皆さんが口を噤めば漏れることはないでしょう。まあ、私に殴り飛ばされた本人達が喧伝すればその限りではありませんが」
「……総隊長?」
ジーカス・ヘッセリンクの提案を瞑目しながら吟味された殿下が、私の名を呼ぶ。
その声に込められた、お前の仕事はわかっているな? という意図を取りこぼしはしない。
「承りましてございます。ジーカス殿は未来の護国卿。近衛として良好な関係を築かせていただくためにも、今回の件は闇に葬ることといたしましょう」