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涼しくて穏やかな日



タソ坊やはお風呂が大嫌い。

今日もお風呂に入らない。

タソ坊やは、お風呂に入らなくてもいい理由について語り出した。

「お風呂なんてさ、昔の人は入らなかったんだよ。別に入んなくたっていいんだもん。臭くてもいいもん。友達に会うわけでもないし、誰かとニャンニャンするわけでもないし」

友達については「会わない」のではなく、「いない」というのが正しいのだが、タソ坊やはそんな悲しい現実から目を逸らした。

「だいたいさ、アトピーがシミるんだよ。そんで激しく痒くなる。お風呂の中、血だらけ。カサブタだらけで、他の人が入れなくなるじゃん」

タソ坊やは、ここぞと正当そうな理由に「アトピー」を持ち出した。「できない理由」を述べさせたら北関東No.1のタソ坊やの強力な武器である。
何かとアトピーを理由に「できない。無理」と言い訳するのだ。

「あとさ、お風呂入ると全裸じゃん? これってさ、無防備だよね。誰か襲ってきたらどうすんの? 素っ裸で応戦するの?」

常にポケットにカッターナイフを忍ばせてるタソ坊やは、武装解除されるお風呂に抵抗があった。
出入り口が1つしかないことも、怖がりなタソ坊やに「逃げ道がない」と思わせているのだ。

「僕さ、トイレもそうなんだけど、こんな狭い空間にいると、呼吸が荒くなって心拍数も上がっちゃって、意識が朦朧としてくるんだ。隔離室を思い出して辛くなるから、お風呂入りたくないんだよ」

タソ坊やは、お金に余裕がある時には大きな健康ランドに行くのが大好き。
そこは人がたくさんいて、アトピーに効く温泉や炭酸泉もあるから、多少シミて痛くても我慢している。

「決定的なのは、湯船に入ってる時にさ、外から漏電を装って感電死させられる可能性があるんだよね。最近、なぜか家のエコキュートが新しくなって、一日中工事してた。あれはさ、僕を感電死させるための工作なんだよ。僕がお風呂入った瞬間を狙って、心臓発作に見せかけた暗殺をするに違いない」

小さい頃、電撃風呂に入れられたタソ坊やは、ずっとその事が忘れられず、今度こそ殺されると思っていた。

湯船がお湯ごと漏電するなんてあり得ない話である。だが、タソ坊やが9歳の頃、それは現実に起こった。タソ坊やは慌てて足を引っ込めて感電死を回避したが、風呂に入る直前の父親と母親の言動が忘れられない。

「よーく肩まで浸かれ」

両親は、台所で2人揃ってタソ坊やを見送っていた。

まるでもうすぐ死ぬ息子を看取るように。



風呂に入ると死ぬ。

タソ坊やは今でもそう信じている。



怖いなあ。お風呂。

明日は健康ランド行こう。

きっと楽しくて、嫌な事も忘れられる。

ふふふ、アトピーも良くなるといいなあ。


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