令和の子供たちの間でひろゆきのマネして「はい論破」って言うのが流行ってるらしいですが、俺が子供の頃も「地球が何回回った時に言ったんだ!?」っていう言い回しがあったから
「仮面ライダーごっこ」や「ウルトラマンごっこ」みたいなもので実害はほぼないと思います。
さて、子供がひろゆきのマネして「はい論破」って言う分にはまだいいですが、大人が大人に対して「はい論破」すると、まず死にます。
部下に対してですら、野球で例えると「脳天狙いのデッドボール」並みに危険です(何せ時速140~150キロのスピードが出てる固いボールが飛んでくるんだぜ)し、
ましてや目上の人を「はい論破」してしまうと「死にます」よ。脅しでも比喩でもなく、そのままの意味で。
なぜか? それは人間っていうのは「合理的な部分」と「感情的な部分」の両方を持ってるからで「合理的には分かるが感情では一切納得できない」って思うのは「ごく当たり前に」起こります。
そして合理的な思考は感情に「必ず」負けます。そう「必ず」「か・な・ら・ず」負けます。
なぜなら感情は「何億年単位」のキャリアを持つ本能が根っこの部分にあるので「脳の機能の中では一番の新参者」である理性は感情の前には必ず負けます。
もう脳の構造自体がそういう風に出来ているので、こればっかりはどうしようもないです。
そして「相手を論破するのは気持ちいい」これが『最凶に』厄介なんですが、相手の逃げ道を完全にふさいで自分の正論を絶対的に認めざるを得ない。という所まで追い込むのは最高に気持ちいいんですよ。
脳内麻薬がドッバドッバ出て全知全能の神と一体化する位の多幸感に包まれる。と言って良いでしょう。
ただ、相手は論破してくる相手に「殺意」を覚えます。いくら理詰めの正論で諭そうとしても感情がそれを許さないわけです。
相手にとって「自分の感情を完膚なきまでに否定した」事の前では「理論的につじつまが合う」事なんて「どうでもよくなる」わけなんです。
「論理的に正しいとか正しくないとかそんな下らん事どうでもいい! それよりオレを否定したことは死んでも許さない!」っていうわけでして。
「社長相手にプレゼンしたエリートのあいつが干された」ってのはそういう事で起きるんですよ。
論破するのは気持ちいい、論破される側は相手を殺したくなるほど怨む。だからありとあらゆる権力や権限を使ってでも論破してきた相手に復讐するわけなんです。
左遷するだけならまだいい方で、相手によっては政治家に働きかけて法律を変えてでも相手の首を絞めたい、絞め殺したい! そう思うんですよ。
だからさっきの社長相手のプレゼンでは
「差し出がましいようですが、私はこう考えます。ですが最終的にどうするかは社長の判断に委ねますし、その意思決定には従います。
私の案を全否定しても社長が納得した上でのご決断ならそれでも構いません」
くらいには最低限の逃げ道を用意するべきなんです。そうでないと『正論で相手を叩き潰すのと引き換えに自分の人生が台無しになる』ことも実際に起こります。
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