せりかは可愛い。
私はせりかの横顔に見惚れながらせりかと一緒に廊下を歩く。
せりかの長い黒髪が揺れて、整った横顔が見えたり隠れたりしている。せりかは私の視線に気づいていない……と思う。
せりかを見ているとぽわぽわ〜ってする。
クラスにかっこいいって噂の男の子はいる。みんなから可愛いって言われてる女の子もいる。でも、せりかはその人たちよりもとびきり整った顔をしていると思う。こんなに整った顔を近くで見ているから、ぽわぽわするんだと思う。
大人になったら、もっときれいになるのかな?
「ねえ、せりか。よく可愛いって言われない?」
「ええっ、なに急に」
せりかはその整った顔を少しだけ歪めた。その歪みすら、写真で切り取りたくなるほど可愛い。
「だって、せりか可愛いもん。正直、学年でいちばんだと思ってる」
「えっ。過大評価じゃない? でも、ありがとう。嬉しい」
「それでそれで」
私はせりかの手を取って、もう片方の手でせりかの耳元に添える。
「これまで彼氏とか何人いたの」
私がそうささやくと、せりかはびくっと体を私から遠ざけた。
「一人もいないよ〜……。私、好きな人なんて」
せりかは私の方を一瞬だけ見て、慌てるようにすぐ私から目を逸らした。
「できたこと、ないもん」
「そうなんだ、意外」
これだけ可愛いと、彼氏の一人や二人いたのかと思っていた。でも、すぐにできそう。
放課後はずっと一緒に遊んでいるから、彼氏ができたらすぐに分かるだろうな、なんて思った。
なんだか、嫌だな。
「でも、なくたって告白されたことは、あるよね?」
「あるけど……ああいうの、苦手。断りにくいじゃん。断るんだけどさ」
「どうして? 付き合ってもみないの?」
「だって、対等じゃないよ。付き合うなら、私も好きでいなくちゃだめだと思う」
せりかは前髪をふるふる振って、手ぐしで整えた。
「対等? それって両想いじゃないと付き合わないって、こと?」
「うん。片想いで付き合って、それから私がその人のことを好きになるかもしれないけど、もしならなかったときのことを考えると、自信がないんだ。私好きな人できたことないから」
「それに、何事も対等じゃないと、関係って続かないと思うんだよね」
「そう? そうなのかなあ」
「そういうつむぎは? 付き合ったりしたことないの」
せりかが突然こっちを振り向いた。近くて、ドキドキする。
「なっ、ないから聞いたのっ」
「そうなんだ」
せりかはくるりと前を向いた。心臓に悪い。せりかはもっと自分が可愛いことを自覚した方がいいと思う。
「それにしても、体育めんどくさいなあ」
「体育大会の全体練習だよね? 今日」
「うえっ、整列の練習、嫌だな……」
「ねー」
せりかはめんどくさそうに背中を丸めた。
「あっ。髪結ばないと。つむぎ、ヘアゴムある?」
「あるよ。はい」
私は手首につけていたセピア色のヘアゴムをせりかに手渡した。
「ありがとう」
「うん……って、えっ?」
せりかは歩きながら、髪をポニーテールにし始めた。
「い、いまするの?」
「え? うん」
せりかはヘアゴムをくわえて、さらさらの髪を束ねて、整えて、ヘアゴムでまとめる。その髪を結ぶという、両手の滑らかな動作の一つ一つが、すごく絵になる。
私は見惚れて、息を飲んだ。
そうしてできたせりかのポニーテールは、首元が、うなじが無防備にさらされている。後れ毛もなんだか、いい。
そして、ポニーテールがとてもよく似合っている。とっても可愛い。
心臓がぎゅーってなる。
「ありがとう。体育まで借りるね」
「えっ。あっ。え、あ」
「つむぎ?」
せりかは「顔赤いよ?」と不思議そうに首をかしげた。せりかの黒いしっぽが揺れる。私は心臓がドキドキしすぎて、言葉がうまくまとまらなくなった。
「あ、えっ、あ、あ、ああ。あげるよそれ」
「えー、悪いから返すよー。……それよりもつむぎ」
「なっなに?」
「体調悪い?」
「ひゃあっ」
ポニーテールのせりかが急接近して、私のおでこに手をあてた。
顔への血の巡りが急加速していく。
「うーん、熱はなさそう。一応保健室行く?」
「やめ、やめてよ、せりか急に」
「だってつむぎの顔赤いし、ろれつも回ってないから熱あるのかなって」
「私風邪引かないし! せりかのせいだよー!」
「ええ!? わたし!?」
**
「っていうのが私の、その……きっかけというか、私のせりかへの気持ちの芽生え、だったかも」
「そうだったんだ。ありがとね、教えてくれて。それ中学二年生だよね?」
「うんうん」
「体育大会が六月だったから、けっこう前から好きだったんだ」
せりかはにやにやしている。なんだか悔しい気持ちになった。
「……好きって気づいたのはもっと後だし」
「ふーん? 告白してくれてもよかったのに」
「誰かさんが対等対等言うからでしょー! 恋したことないーなんて言われて、片想いでもOKしないなんて言われて、玉砕できないよ」
私はせりかの肩をぽかぽか叩きながら大きい声で訴えた。せりかは棒読みで「痛い痛い」と困り笑顔を浮かべている。
「しかもせりかが女の子好きになるかなんて、分からないじゃん。私だって女の子を好きになるなんて思ってなかったから気持ちの整理がつかなくて困ってたの!」
「私は性別がどうとかじゃなくてつむぎが好きなの。好きになった人が、つむぎがたまたま女の子だっただけ」
「えっ」
せりかは至ってまじめな顔でそう言い放った。顔が熱い。
せりかはたまに、恥ずかしげもなくそんなことを言ってくるから、心臓に悪い。
「……私も、そうだし」
「うん。同じだね」
私は何も言えなくなった。せりかも何も言わない。少しだけ沈黙が訪れる。
せりかは沈黙を破るように、ゆっくりソファから立ち上がった。
「まあ、たまにはポニテにしようかな」
「え、」
私はせりかを見上げる。せりかは自分の髪をくるくるしたり、後ろでまとめようとしている。
「だめ!」
「え? 見たくないの?」
「見たいけど、だめ。私、自分がせりかのヘアアレンジに弱いの知ってるから、だめ」
私は立ち上がって、髪を結ばせないようにするために、せりかを両手ごと抱きしめた。