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アニバーサリーを控えて

カクヨムではなく、戸松秋茄子個人の話です(創作8周年)。
いや、今年もKACがあるなら走るつもりですけど、それはそれ。
そのときになってから考えます。

さて、前回は主に7年前の話でしたが、今回は近況報告と今後の予定について、です。

なんと最近、本を読んでます。
ここ驚くとこです。
去年は商業出版って1冊しか読まなかったので。
それが今年はすでに10冊以上。
全盛期とは比べるべくもありませんが、生活のバランスを考えると順調なペースと言えます。

主に愛読書の再読なんですけどね。
言ってしまえばチューニングのようなもので、自分が読みたいもの、書きたいものを再確認しようという意図があります。

ただ実際に読んでみると、自分の中で小説に対する考え方、感じ方もだいぶ変わったなあとも感じます。
去年は全然本を読まなかったんですけど、Web小説にはそれなりに触れてきましたし、同人誌参加をきっかけに創作仲間も増えて、いままでとは違う形で刺激を受けたんですよね。

ざっくり言うと、「シンプルにおもしろいものを書いていいんじゃないか」と考えるようになった。
これまではけっこう自分の中で「こういう設定って安易じゃない?」とか「都合がよすぎじゃない?」って思うことが多かったんですよ。
「小説かくあれかし」みたいな、固定観念があったわけです。

でも、小説以外に目を向けて見ると――たとえば、自分が触れてきたアニメとか漫画って、その基準だと十分「安易」だし「都合がいい」んです。
でも、おもしろいし受ける。
なんで、それを小説でやらないのか、と。

無意識に他のメディアと小説を分けて考えてたんですよね。
もちろん、そのまま同じことはできないですよ。
でも、なんていうか、そういうシンプルな視点があってもいいなと思ったんです。
おもしろいかどうか、気持ちいいかどうか。

もうちょっと具体的に言うと、けっきょくはキャラなんじゃないかっていうことなんですよね。
キャラクターが生き生きと、魅力的に描かれているかどうか。
その前提として、まず、キャラがどういう人物かわかるように描けているかどうか。

すごく基本的なことかもしれませんが、わたしの中ではコペルニクス的転回だったんですよ。
やっぱり、そういうわかりやすさ、都合のよさって抵抗があったので。

そういう視点を持つようになったので、そうじゃない作品の勘所というか意図が見えやすくなった気がします。
特に純文学はそういうシンプルなおもしろさから距離を置いたものが多いわけです。
いい意味で「漫画みたい」と言われることはそうそうない。
わかりづらいし、「おもしろくない」んです。
じゃあ、この作品がやろうとしてることはなんなんだろうと自然と考えるようになるわけです。
そしたらやっぱりおもしろいんですよね。
Webでは受けないかもしれませんが、自分もこういうことがやりたいなあと。

だから、いままで未整理だった漫画的なおもしろさと文芸的なおもしろさ(と便宜上表現しますが)というのが自分の中ではっきりと分類、分析できるようになったんですよね。

わたしが書きたいのは、究極的には「不条理」であり、すっきりしない話であり、一貫性を欠いたキャラクターなのですけど、それをわかりやすく、魅力的に描くにはどうすればいいのかと考えるとば口に立てたのではないかなと。

もちろん、たまにはただただ不条理ですっきりしない話も実験的に書いていきたいところではあるのですが。

また、長くなりました。
予定についてほとんど触れられなかったのでまた別の記事を書くことになるかもしれません。

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