お久しぶりです。😊
色々ありましたが、少し落ち着いてきました。
実は今年、年初より、母親の死が着実に近づいている状態は理解しておりました。でも、理解はしても受容することは無理でした。そして、別に介護をしているわけでもないのに、私も強いストレスを感じ続けていました。
その母がいよいよ危ないということで今月、一時帰国しました。父の臨終と同様、母も私の到着翌日に非常に穏やかに息を引き取りました。享年81歳でした。ああ、母はもう苦しまなくてよいんだなと思いました。
海外勤務で両親それぞれの死に目に間に合うだなんてある意味奇跡的にツイている、と言ってもいいでしょう。本当に私は恵まれています。
ついに迎えた母の死、加えて日本滞在中は普段全く見ないテレビのニュースもただなんとなく毎日見ておりました。大谷さんの活躍以外では、ニュースはどうしてもネガティブな情報を頭に入れてしまいます。それも自分にとってはストレスになったようでした。
なんだかんだと、通夜に葬儀、初七日も過ぎて、まずは当初の予定通りにタイに帰国しました。タイでの私や娘の仕事も多忙な時期ですからいつまでも日本に居続けるわけにもいきません。
そうした状況の中で10月15日の出勤途中、例の『とあるところのリラックマ』という短歌のヴィジョンがふと頭に降ってきました。
秋の短歌のキャンペーンのお題とも関係がないのに、なぜか自分にとっては「これは短歌で表現するべきだ」と自然に理解できていました。こんな背景で、この『とあるところのリラックマ』と言ういつもの私らしからぬ短歌は生まれました。
81歳の老人の死はそれが母であっても天命としてまだ受け入れられます。
でも、私にとってたとえ遠い異国であろうと、幼い子供たちが瓦礫の下敷きになるようなことはもっと悲しく、許しがたく、そして耐え難いものでした。
この短歌ができたとき、母の死を看取ったときよりもたくさんの涙が流れました。創った自分が言うのもなんですが非常にインパクトとメッセージ性の強い短歌になったかと思います。
さりながら 陰陰滅滅 いつまでも
引きずるなんて 柄じゃないワシ
とは本当に思いますので、もう少ししたらまた’いつものお笑い路線に軌道を戻しますので今しばらくお待ちください。
なお、今週は職場になんじゃら偉い人たちが査察に来るとかでちょいと大変そうです。なのでもうちょっとだけお待ちください。
オマケの写真は日本の空港で見かけたカニ型ジャック・オー・ランタン。何故かに何だああ?
ではではまた
<(_ _)>