293話「残酷な余生」をもって、第1話で始まった反乱がついに完全終結となりました。
まだまだ各地はくすぶり続け、残党もうろつき、悲惨なことも沢山起きているでしょうが、大きな流れとしては「反乱は平定された」と歴史の教科書にひとこと書かれるだけのものとなりました。
歴史的には「反乱を起こした王太子」として、無数にいる「失敗した人」側のひとりと扱われるだけになってしまったカルナリアの長兄ガルディス。
彼についてつらつらと。
第1話で描かれた通り、無能とはほど遠く、勇猛果敢にして思慮深く、慈悲深く、英明な王太子でした。15歳での成人、王太子立位と共に独立独歩の気風の強いトルードン領を与えられ、そちらで手腕を発揮、見事に領を富ませ支持を集め勢力をたくわえ、いずれ来るだろう東からの侵略に備えてカラント王国全体を改革しようと考えていた、まぎれもない英雄、主人公的人物です。
カルナリアにとって全ての悪いことの根本原因、怨敵と言っていい相手ですが、決して悪人ではありません。むしろ正義の人です。王太子としてどれほど高慢に振る舞っても問題にされないところを、下々にも目を向けおごることなく自分を鍛え学び律し続けた、妻を愛し愛され三人の子供にも恵まれカルナリアも慕っていた、文武両道の完璧超人タイプ。欠点が見あたらない人です。
しかし起こした行動とその結果から、歴史的にも人々の評価も最低最悪、極悪人の代名詞となってしまいました。今後のカラント王国では「ガルディスのような」という形容は反乱を企む者という悪意表現になってしまいます。
そういう、大局的には愚か者、間近で見ていると運のなかった英雄という人物であるガルディス。
キャライメージというかモチーフは、田中芳樹「アルスラーン戦記」の主人公、アルスラーンでした。ただし豪勇のダリューン、知恵のナルサスがついていない状態。聡明ではあるが線の細い少年だった彼が、そのまま宮廷で育ち自分を鍛えたくましい青年となり親となり三十歳を迎えた姿というもの。
もちろんそのままではなく作者の想像したものにすぎませんが、とにかくそれをキャラモチーフとして、「まぎれもない名君の素養を持っていたけれども、祖国が腐っていてそのままでは改革どころではなかった」ことから荒療治を選んだ、選ぶしかないところに追いこまれてしまった人物として設定しました。
実際、反乱はほとんど成功していました。弟レイマールという「同志」もいてくれました。ガルディスからの「真っ当な評価」に感動した忍びたちも彼につきました。南東の本領から兵士たちをこっそり王都へ移動させる作戦も成功し、完全な奇襲として王宮を襲撃、国王その人を討ち取ることに成功。クーデターとしては申し分ない成果です。これでガルディス新王が誕生し、開明的な新王朝がスタートする……はずでした。
しかし唯一にして最大の失敗、『王の冠』を確保できなかったこと……とはいえ。
実はガルディスはそれほど焦りはしませんでした。
持ち逃げしただろう末姫カルナリアは十二歳の女の子にすぎず、自分が王になると言い出すわけもなく、「最大の同志」レイマールのもとへ持ちこもうとするに決まっていたからです。
したがって追跡は忍びたちにまかせるにとどめて、主戦力は西へ向かわせるのではなく王都と本領トルードンをつなぐ領域の確保に回していました。
彼が本当に動揺したのは、しばらく行方不明となっていたカルナリアがタランドンに「出現」し即位を宣言したことでも、レイマールの死を知ったことでもなく。
カルナリアが、自分と同じかそれ以上に平民階層の支持を得て、本人も平民どころか奴隷とも親しくしているという情報に接した時でした。
モーゼルの戦いの前、「総大将」カルナリアと言葉を交わす前にガルディスが思ったのは、これほどの資質を備えていたのならばカルナリアも味方に引きこんでから反乱を起こせばよかったという、今となっては空しい後悔だったかもしれません。
そして戦いに敗北し、自領へ撤退し、まだ彼を見捨てることなく支えてくれる部下たちと共に再起をはかっていたのですが……。
「枯死作戦」も見抜いていたのに、まさかの、自分の子供たちによって全てが崩壊するとは。
とにかく、何から何まで運のない英雄でした。
彼には死という安らぎすら与えてもらえません。
自分の夢も希望も、考えた政策も構想していた政治機構も、すべて他人が実行してゆくのを見せられるだけ。
……ですが、そこはやはり英雄たる人物ではあります。カルナリアに完全に敗北したという事実に心折れたにしても、そのまま朽ち果てることはなく、しばらくして徐々に立ち直り、接触してくるのがかつての腹心セルイだということもあり、政務関係の資料をたっぷり要求し情報を分析し思索し、「覆面宰相」の「影の師匠」として地下牢で様々な助言をなす謎の老人と化しました。もちろん生涯そこを出ることはかないませんでしたし、カルナリアが会うこともありませんでしたが……。
そのセルイについての話も。
彼は、若いけれどもすばらしく有能な参謀かつ内政能力を持ち合わせており、ガルディスも深く信頼する人材ではありました。
しかし少年の彼をガルディスが拾い上げた、その経緯と場所に問題があり、ガルディスの幕僚のひとりとして他の者たちと共に働くには難がありました。そのあたりはいずれファラ視点の外伝を書く時に明らかにするつもりです。
反乱に際しても、兵を王都まで移動させる様々な計画立案と各種実務を見事にやってのけたのですが、肝心のクーデター実行時には王都を離れ、「爆発物」たるファラともどもタランドンへ先行させられるという役割に。その後に危険きわまりないグライルに突入する任務を与えられたのも、ガルディス陣営における彼の立場から来るものです。カルナリアはセルイを「ふところがたなたるセルイが直接来るとはどういう目的が」と評価しあれこれ考えていましたが、実はガルディス本人はともかく周囲の者たちからは、失っても惜しくないやつと見られている立場だったのです。
その彼が292話で提案した、ガルディス陣営を壊滅させる「枯死作戦」のとどめの一撃たる『王の冠』盗難事件。
彼はガルディスの王子たちのこと、それぞれの性格をもちろん知っており、「『王の冠』装着後に能力の伸びを自覚することにより心変わりした」事例についてはこれ以上なく詳しく知っているので、次男カイネルスがやらかすだろうと想定しての計画でした。まさか、質実剛健を地で行く、武将としても有能なガルディスが文官の才能持ち、高慢で無思慮な少年カイネルスが武の天才だったとは思ってもいませんでしたが。
とはいえ、フィンのものである額飾りを使う計画を、彼が勝手に決めるわけにはいきません。
彼がやったのは、カルナリアが『神眼』によってすでに見抜いていた、身辺に近づいてきていた『風』の手の者が盗めるように、わずかな隙を作ったことでした。
モーゼルの戦いの時の、カルナリアを狙った刺客たちと同じです。潜入し定着すること、疑われることなくカルナリアの側に居続けることが最優先の任務だった忍びですが、すぐそこに『王の冠』が――それをもたらせばガルディスが苦境を脱し大逆転できるというものがあるという状況に置かれて、耐えられるかどうか。そこはその者の問題であり、耐えて尻尾を出さない可能性もあったので、フィンの制裁が科されることはないだろう……と考えての計画でした。
忍びは、ガルディスへの忠誠心に負けて、やってしまいました。かつてのカルナリアと同じく、それを隠し持ってひたすら東へ東へと逃げる。追いすがるトニア配下の忍びたち。必死の追跡も及ばずついに忍びはガルディス領へ逃げこむことに成功しました。最高の達成感を得たことに間違いありません。
……それが巨大で悪辣な陰謀の一環だったとは知るよしもなく。
何も知らされていなかったトニアは、とんでもない失策、敗北を報告しに暗澹としてカルナリアのもとに参上し……カルナリアとセルイから真相を聞かされ、崩れ落ちました。彼女の胃はいつまでもつのか。心臓を押さえつつあの方に言いつけますからねと涙目のふくれっ面。仕方ない。(なおその辺りの心労がザグレスを通じてフィンに伝わり、フィンがトルードン領に出現することにつながってもいます)
……ほとんど外伝というか独立した物語にできそうな内容でしたが、292話から293話にかけてはこういう裏話もありました、ということで。
さあ、反乱はこれで完全に終了、カルナリアがずっと背負い続けてきたものが消え失せて、自分自身の目的に突撃です。
彼女の思いはどうなるのか、あの怪人は来てくれるのか。
完結まであと7話、おつきあいくださいませ。