カルナリアが参戦した大会戦、モーゼルの戦いが決着しました。
カルナリア「国王軍」の勝利ですが、ガルディスを討てたわけでもガルディス軍の中核部隊に再起不能の損害を与えたわけでもなく、見ようによっては反乱軍が多くの有力貴族を討った上に養えない貧民をカルナリア側に押しつけただけとも言える結果となりました。
それでも勝ったのは国王側ということで、カラント国内の情勢は一気に変化します。事実上もう反乱軍が全土を平定することは不可能でしょう。
数話かけて描いたこの戦いに関する、解説や裏事情をこちらでつらつらと。
ちょっと長くなるかもしれません。
戦闘の前段階。
古今東西、大決戦にはその前段階の積み重ねというものがたくさんあります。お互い、自分の戦力を充実させ、相手の戦力が充実する前に攻撃したいとあれこれ画策します。自分の方が優位に立とうとするそのせめぎ合いの上で、両方が自分に勝ち目があると判断したところで前進しぶつかります。国が滅ぶ寸前の最後の抵抗というような状況でもない限り、これは勝てないと判断している場合は籠城したり撤退したりしますからね。
この戦いの前段階では、ローラン元帥は、貴族の中でも平民の支持がある人物を本領へ戻し、そちらで抵抗させ反乱軍の一部を引きつけさせています。
グライルでカルナリアの忠実な臣下となった女騎士ベレニスがこの戦いに登場しないのもその理由。名門貴族家の令嬢にして見た目麗しい女騎士、そして何がどうなろうとカルナリアへの忠誠が揺らぐことのない信頼おける人材ですので、故郷のラファラン領へ向かわせ「姫様を守れ!」と領民を立ち上がらせて、他領の貧民軍がなだれこむのを阻止させました。
バルカニアとの国境をふさぐグラルダン城塞、そこに詰めているヴィルジール・サルトロン戦士長も、一軍を率いて別地方に派遣されています。タランドン編でちょっとだけカルナリアが「この先彼が敵に回るかもしれない」と危惧していた、カラント最強の人物です。
この国で一番強いのは誰か、男がみな気にするランク付けで、国王その人の護衛騎士、あるいは親衛騎士団長、ガルディス付きの筆頭騎士、レイマール筆頭騎士のディオンなどそれぞれ名前があがりますが、このヴィルジールはトップ10はもちろん、トップ5を選んでも、トップ3までしぼってもその中に必ず入る人物です。
本作中に登場した、フィンと魔導師を除いて最も強い戦士は「2」ことダガルですが、彼に匹敵するかもしかすると上回るかも、という最強の存在。
これまでグラルダンから動くことのなかった彼が初めて任地を離れ参戦。そのためガルディス陣営は強く警戒し、グラルダンでの子飼い500ほどでしかなかったヴィルジール軍に対して万を超える人数を、それも訓練された精鋭を派遣しています。ヴィルジールはグラルダンと同じように、手頃な城にこもって攻め手を撃退し続けるだけでそれだけの敵軍を引きつけることができて、全体的に大いにカルナリアの役に立ちました。
こういう行動をする人物は、主要戦場にいなかったことでどうしても評価されづらいのですが、わかる人はちゃんとわかっています。歴史上にいくつも実例があります。関ヶ原の戦いに関連して、徳川秀忠率いる大軍を足止めし関ヶ原本戦に遅刻させた真田昌幸が有名ですね。
なおカルナリアとヴィルジールは面識があります。
10歳の頃の国内巡行時にグラルダン要塞を訪れてその「色」の輝きに驚きました。だからこその先の危惧です。あのヴィルジールが敵に回ったらおしまいだという恐怖。
グライルから帰還した後にも面会し彼をあらためて「見て」います。実力と才能は本物でした。
本編にはまったく登場しなかった設定上の最強戦士。彼の外伝もいつか書こうと思っています。
恐らく読者のみなさまの誰も想像しなかった展開と結末になると思います。
モーゼルの野における大会戦。
貧民や食い詰めた農民たちを最前列に立て突撃させるガルディスのやり口はかなり非道ですが、効果的ではあります。
これが「カルナリア軍」ではなく「レイマール軍」であれば、一切容赦なく「汚らしい平民ども」の殲滅にかかっていたでしょう。その殺戮に酔った貴族たちを、大きく外回りに機動したガルディス軍精鋭部隊が包囲し、貴族時代の終焉が訪れていたかと。その場合レイマールは周囲の者たちを引き連れて華々しくガルディスに突撃して散る予定でした。もしかすると兄弟の一騎討ちが発生していたかもしれません。
ガルディスにとって完全に予想外だったのは、カルナリアの「神眼」――よりもむしろ、妹の成長そのものの方でした。
いくら神眼があっても従来のカルナリアでは「戦に強い者」ばかりを選んで、軍勢としては通常の貴族や騎士の寄せ集めと大差ないものとなっていたに違いありません。
しかしカルナリアは過酷な経験を経て、様々なことを学び、考え、大きく成長していました。特に「自分が何もわかっていない、自分だけでは何もできない」ことを骨身に染みて思い知らされる経験を重ねていました。それにより「自分をうまく補佐し、適切な助言をしてくれる者」を選ぶことができましたし、平民や奴隷に対する扱いもガルディスの想定外のものとなっていて、貴族vs平民という構図を作ろうとした根本の戦略が破綻する結果となったのです。
そのカルナリアが、ローランの進言があったとはいえ、戦場に出てくるというのもガルディスの計算違いでした。過酷な経験を重ねて自分の知っている無邪気なだけの女の子ではなくなっていること自体はセルイから聞かされていたことでしょうが、所詮は12歳の少女、安全な後方に置かれひたすら戦勝を祈っているばかりだろうと思っていたのに、殺し合いの場に出てくるとは完全な想定外。まして平民兵士たちの支持を恐ろしいほどに集めているとは。
なので、計算違いを一気に逆転しうる、カルナリアを直接狙う斬首作戦に許可を出しました。
――発案者がセルイだったのがある意味運の尽き。
前線指揮、部下を率いての行動をさせると必ず失敗する才能の持ち主だったなどと誰が知り得ましょう。
それでも、カルナリア本陣への奇襲はほとんど成功しかけていました。
飛んできた4人はみな忍び。本陣を守る親衛騎士たちが立ちつくしていたように見えますが、実際は彼らは彼らで可能な限り適切に行動していました。それを上回る高速襲撃だったのです。
4人が持っていたのは、ファラが魔法を付与した攻撃用の剣。カルナリア本人の体に触れて探ったことのあるファラが用意したのですから、王族の防御、重甲冑を身につけた親衛騎士も吹っ飛ばせる強力なやつをしこんでありました。ただし一発きりです。この手の魔法付与武器は、魔導師自身が使うのでない限り付与されたものを放ったらおしまいです。だからこそ最初の攻撃を逃れたカルナリアに対しては通常の切りつけしかしてきませんでした。
それでも少女ひとり、4人で切りかかったので誰かの刃は届くはずだったのですが……あるいは最初の一撃が失敗したのだから即座に逃げ戻ろうとすればそれも可能だったのですが……。
すぐそこに、そのひとりだけを倒せばこの戦闘いや戦争全体に勝利できるという超特大の獲物がいたために、忍びたる彼らでも襲撃の欲求には逆らえず――まして今までは見下げられていた忍びが戦争の勝利を手にするという大逆転の欲求に負けて、なおも襲撃続行。自分が死んでもかまわないむしろ本望という勢い。
しかしその結果、『最強の守り手』が参戦してしまいました。
セルイの嘆きもむべなるかな、というものです。
とにかく運がなかったとしか。
フィンがいなければ刺客はここでカルナリアを確実に討っていたでしょうし、それ以前にこの戦いがレイマールとガルディスの争いとなり、カルナリアはそこまで生き延びていたとしてもタランドンかどこかでお留守番だったことでしょう。ガルディス軍にはダガルが最強武将として参戦。希望通りめちゃくちゃに暴れていたに違いありません。
フィンはセルイを働き者だと嫌っていましたが、セルイにしてみれば疫病神そのものです。この二人が、表面上は平穏にしていても、本当の意味で仲良くなることは絶対にないでしょう。
フィンについては、カルナリアの期待と推測通り。
グンダルフォルムの解体が完了したので、最後の肉を運ぶ者たちにくっついてレンカともどもグライルから出てきていました。
「傀儡息吹」は、二人が結ばれた際に、今後のためにひそかに仕込んでおいたものです。
発動の言葉がカルナリアに聞き取れず、終わりの恥ずかしい言葉はしっかり耳に届いたのは、敵の襲撃が迅速だったのでめちゃくちゃ焦り早口で唱えたからだったりします。
カルナリアが見えるところ、すなわちグンダルフォルムの骨の上で、フィンはザグレスではなくカルナリアが持つものと同型の直剣を振るい、回転していました。ということは、丘の向こうから巨大な骨が現れた時、その上にぼろ布が鎮座していたことに。ほとんど動かず全部他人に運ばせて戦場に来ていたのでした。ぐうたら怪人の本領発揮。
戦い終わった後、最後に一矢報いようとしたセルイは、またしても負の才能を発揮。
実はセルイは、先の4人よりももっと強力な武器、頑強な防具を「妻」が用意してくれていたので、ちゃんと襲撃していればテランスも危うかったところでした。
しかしすでに敗北が決まった直後かつセルイに疑いの目を向けている周囲の者たちが、テランスがこちらに気づいたと察した瞬間に作戦は失敗だと判断し動いてしまいました。彼らがガルディス直属の精鋭兵だったせいです。実は、その辺の平民兵士を連れていれば襲撃自体は成功した可能性が。これもまた運のなさ、負けを引き寄せてしまうマイナスの才能。
かくして、セルイは公式には戦死とされ、カルナリア陣営に内政担当の覆面宰相が復帰しました。今度はもう離脱することのない、完全なる臣下です。
登場時を思えば隔世の感、遠くへきたもんだと。
一方その頃、白いつぶてに魔力付与の剣にと色々準備したのに戦場に現れなかったファラは、後方の安全地帯で大きなお腹をかかえて安楽に過ごさせてもらえていました。
ファラ自身は参戦できると主張していましたし彼女の能力を知っている周囲もそれを求めたのですが、ガルディスが許しませんでした。
新たな子を宿している者を殺し合いの場に立たせるのは我らの目指す世ではないときっぱり言い切り、同じく妊娠している女性たちともども後方に。ガルディスはガルディスで英雄であり主人公の資格を持つ人物ではあります。
戦の後、妊娠中の母体に悪影響があってはいけないと配慮されてセルイの「戦死」は隠されていましたが、悪意を持つ者がこっそり伝え、ファラは失意から人前に出なくなり――脱走し夫の元へ。セルイが死んだら自分も魔力を暴走させて死ぬようにしてあるので(79話)、セルイが死んでいないことを確信しての行動です。もちろんセルイがどこにいるのかをつかむ「糸つけ」の魔法も普段から使っているので迷いなし。「覆面宰相」復帰の数日後にはもう大きなお腹の女性が本陣にいてさすがにカルナリアもぎょっとしました。
それを経て、次話「後継者」以降はファラが当たり前のようにカルナリア側にいてあれこれやらかします。
そして――ここまでファラ、レンカ、ギリアにダガルといった様々な「反乱軍」の者の、貴族を恨み反乱に身を投じる過去が描かれてきましたが、まだ描かれていないしどうもガルディス陣営の中に溶けこんでいる感じがしないセルイという人物。
この人物の過去、ファラとのなれそめや関係などについては、ここで設定を披露しようかと思っていたのですが、外伝にできる内容ですのでいずれ別な形で記したいと思っています。
長くなりましたが、では今回はこの辺で。