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泥と水

お前は天の河の水の性(しょう)じゃと母が云った
なるほど蒼暗い空にせせらいで
遠く虚空の方へ流れていく
それが私の運命か?
その時母の顔は笑っていたけれど
「にんげんあんまり清うては倖になれんのぞ」と
あわれみ案じた声で云ったーー
私もその時笑っていたけれど
魚も住まずただ望遠レンズでみるだけの
あの天の河の水が私だろうか

私はいつか田舎で洪水が
土堤の竹藪を雑草のようにやすやす押し流すのを見た
そのとき根こそぎの大木も川上から流れて来て
片腕あげながら渦に巻きこまれていったし
牛も吠えながら流れていった
洪水が引いたあと見ると
田圃の中の電柱のてっぺんには
藁や山草が巻きついて
それらわかめのようになめされた植物で
電柱は思いもかけぬ高い所に
泥色の首巻をして立っていた

きく所によると
アマゾンでは毎年三月の大潮に
ポロロッカが押し寄せるそうだ
つまり逆流する海が何哩も
奔馬のように駆けて来て川をのぼるのだ
あれは海の万やむを得ない悪阻と同じなので
誰しも息を吸うたり吐いたりするように
地上にも大きな脈があるから
巻きこまれまいとしても泥も水も
風琴の中の空気みたいに私たちを出し入れするのだ

いくら天の河の水の性だといっても
空にとおく煙のようにただよっているだけではない
この世にいるかぎり
好きなほどこの世の泥と水でくらすしかない
そして地上で
藁と草でマフラーした電柱ほどにも立っていられたら
それがせいぜい立派なことだ
母よ
こう思っている私をあんまり心配しなくてもいいのです

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