• 歴史・時代・伝奇
  • 現代ドラマ

「利刀を以て斬れぬもの」完結しました

第四章および第五章の裏話を掲載しなかったのは、決して忘れていたとか筆が間に合わなかったとか、決してそんな理由ではありません。
ここからラストまでは余計な雑談は挟むまいとの計らいによるものです。

……嘘じゃないですよ? 本当ですよ?

そして本日、「利刀を以て斬れぬもの」は無事劇終を迎えることができました。
今回は今一度物語の全体を振り返りながら裏話を書き連ねたいと思います。

以下、ネタバレにご注意ください。





























■秘伝書のみで技を会得できるか?

前の裏話で一度話題にしておきながら、結局後に引っ張った話題がありました。
「なぜこんなニッチな題を取り上げたのか」

簡単に答えを言ってしまうと、「私自身が後世の長刀術、苗刀術を学んでいるから」です。

苗刀術と倭寇の関係は物語の冒頭、戚継光が嘉靖四〇年(西暦1561年)に倭寇と激戦を繰り広げた直後から始まります。
戚継光伝には次のような記録が残されています。

「戚継光は嘉靖四〇年の倭寇との戦場で、日本の剣術秘伝書を得た」と。

さらに厳密に言えば、その秘伝書は陰流のものであったそうです。
戚継光はその技を研鑽し、「辛酉刀法」としてまとめました。この刀法が後に「武備志」に収録され、今日では苗刀(みょうとう)の技として受け継がれたのです。

こうした自らが学ぶ武術の歴史を辿り、戚継光の故事を知り、しかし私はあるときふと考えました。

「秘伝書を得たからといって、それだけで技を会得できるものだろうか? そもそも戦場に武術秘伝書を持ち込む輩などいるだろうか? もしかすると戚継光が手に入れたのは秘伝書ではなく、秘伝を修めた剣客だったのでは?」

こうして、日本剣術を修めながら民国に渡った剣士・余義というキャラクターが生まれ、この物語を書こうと思ったきっかけとなったのです。

■変更されたタイトル

本作の執筆中タイトルは「渡海倭刀伝」でした。
海を渡った倭刀術のお話、という意味。

今回のカクヨムでの公開に合わせて再考した結果、今の「利刀を以て斬れぬもの」に変更されました。
なので、タイトル回収の文面は後から挿入されています。

他のタイトル案としては「彼我の剣」「The beginning of Miaodao」などがありました。
ちなみにバージョン管理用のリポジトリ名は「lenged_of_miaodao」です。

■ヒロインは幼女だった?

本作のヒロイン、弥華。
彼女は希代の英雄戚継光と、彼の元に潜入した王直の娘、王碧の間に生まれた子というのが本作の設定。

しかし、実はここに大きな歴史改変があります。
戚継光が浙江省に赴任したのは嘉靖34年(西暦1555年)のこと。
そして本作の舞台は隆慶元年(西暦1567年)のこと。

……赴任直後の戚継光に即座に王碧が接触したとしても、弥華の年齢は12歳にしかなり得ません。
しかしヒロインをそこまで幼くしてはいろいろと問題があります。
主人公、余義の想定年齢は28歳なので、歳の差が大変なことになるのもその一つですが、何よりその年齢で剣を振らせるのは無理がありました(そこかよ)。

というわけで、本作では「王直には先見の明があったのだ」ということにしています(こじつけ)。

■生きるはずだった人物、死ぬはずだった人物

私の書く物語は基本的に、勧善懲悪が徹底しています。
特に、悪事を働いた者には必ずその報いが来るようになっています。
しかしその一方で、善人が必ずしも助かるという保証はありません。

今作では元々死ぬはずだった人間が生き残ったり、
生き残るはずだった人間が死亡したり、
生き残る道も考えたけれども、やはり死亡した者がいます。

その一部をご紹介します。

* ジョゼ&テレサ
初期プロットでは、ジョゼは銃撃により死亡、テレサは生死不明ルートでした。
テレサは父親を目の前で殺されたことにより発狂し、ロペスはおろか制止しようとした銃士隊も惨殺し、最後は銃弾を受けて海に落ちる――というもの。
これは今後続編を書く際に使おうと仕込まれた伏線であったのですが、「続編など考えず、まずはこの話だけで完結させるべきだ」と思い直し、その後のプロット調整段階で今の生存ルートに変更されました。
あとイラスト担当に「お前は女キャラを死なせすぎだ」と指摘されたのもあります。

* 弥碧(王碧)
彼女は悪人ではなく、順当にいけば生存すべき人物です。しかも、戚継光の伝承では正妻汪氏が病死した後に呼び戻され、我が子と再会し暮らしたとされている。
――いやね、私が最初に妾追放の話を見たときにはその辺りの話がなかったんですよ! だから勝手にいろいろと創作したのに!(←己の調査不足を呪え)
しかし彼女が命を落とさなければ、弥華は戚継光や汪氏の情愛に気づかなかったでしょう。物語の進行上、彼女を生き残らせることはできませんでした。

* 結
倭人の首魁・飛影の伴侶にして、最強の女剣客。真のラスボス。
彼女は初期プロット時点で死亡者リストに入っていましたが、執筆中に生存ルートが一時検討されました。
余義に敗北した後は飛影を弔い、日本には帰らず、何処とも知れず去る、というもの。なんなら、弥華とテレサに加えたハーレムの一員になってもらおうかとも。
しかし彼女は介錯とはいえ自らの夫を殺害し、他にも多くの人を殺害しています。
私の天秤では彼女を生かすことができませんでした。

■裏主人公

本作の主人公は余義であり、ヒロインかつ語り手は弥華です。
しかし本編を読了されている方はすでに、この物語に「裏の主人公」が存在したことにお気づきでしょう。

――はい、そうです。茶三のことです!
いかにも脇役な名前の彼がまさか全編通して登場し、最後にはあんな活躍を見せるとは誰も予想だにしなかったでしょう! 私だってそうだった!w

彼は本来、第一章冒頭で弥華にボコボコにされ、続く第二章冒頭で飛影&結に襲撃されるだけの配役でした。
つまり「不幸な一般人」枠。

それがなぜあんなにも出番が増えたかと言うと、第二章冒頭を書いた後に思いついてしまったのです。
「これ、毎章冒頭をこいつの視点から開始するように揃えてみてはどうだろうか」と。

かくして彼はレギュラーの枠を獲得し、五章冒頭に登場するためだけに戦場へも繰り出すこととなったのでした。

■回収どころか存在も気づかれていないだろう伏線

茶三といえば、彼にまつわる伏線が一つ放置されています。
それは、彼が一体誰に師事して武芸を学んだか、というもの。

茶三は戚家軍に憧れる一介の民でありながら、その実倭人を相手に物怖じしていません。
それどころか、倭刀振り翳す胡蝶陣に真っ向から突き進んでいる。これがただの市井の民であるはずがない。
では茶三の師が誰であるかというと、それは第三章六節に名前の登場した唐順之です。
唐順之は戚継光に槍の技を見せています。そして、茶三の武器も槍であり、何気に槍を小さく取り回す技法を使っていたりします。――無理なこじつけです、ええ。
しかし本編でそれを明かす必要性はなかったので、特に回収されることもありませんでした。

投げっぱなしな伏線、というより、解の示されていない謎は他にもあります。
それらについては「もしかしてこういうことかしら」と想像してもらえたらと思います。
大丈夫です。筆者もぼんやりとした形でしか考えていませんので(おいこら)。

■実は一人でも抜ける長刀

余義の長刀はそのあまりの長さゆえに、一人では抜くことができません。そこで本来は信頼できる仲間に鞘を預け、二人がかりで抜刀するのですが、しかし余義には鞘を預ける相手がいません。
毎度毎度窮地に陥るたび、鞘を置いて抜くか、弥華に手伝ってもらっています。

でもこれ、実は一人でも抜けるんです。もちろん普通の抜刀法では抜けませんが、抜くための工夫があります。

一つ目は「刀背を掴む」というもの。
一度柄を取って途中まで引き抜き、そこで一度刀背を掴み直して全長を抜き切るというもの。その後半回転させて順手に持ち替えます。

もう一つが「投げる」。
腰に佩いた状態の刀を真上に投げ上げるように抜き放ち、それを空中で受け取るというもの。

前者はともかく後者は考案者の正気を疑いますが、とりあえず記録には残されているようです。
本作では物語の都合により、これらの技法は存在しない前提としています。

■謝辞

本作はもともと公募用に書いていたものを、タイミングよく開催されたノベルゼロコンテスト向けに改稿したものです。
なので、コンテスト開始時点ですべての原稿は完成しており、期間中に脱稿できるかどうかという不安とは最初から無縁でした。

しかしながら本作が読者を得られるか、読者を楽しませることができるかという不安とは無縁でいられません。

そんな中で本作をフォローいただき、レビューや応援をくださった皆様には本当に感謝しております。

特に、毎話応援コメントを付けてくださった名月明さんには大いに励まされました。氏の「影は光」も倭寇がらみ日本剣術がらみのお話ですので、ご興味ある方にはぜひそちらも併読していただきたく思います。

「影は光 愛洲移香斎明国刀法伝授記」https://kakuyomu.jp/works/1177354054880499077

ここまでお付き合いくださったすべての方に、この場を借りてお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する