二十世紀末。
 最初に妙なことをしたのは、コンピューターゲームの制作会社だ。

 時は家庭用ゲームの黎明期《れいめいき》。全感覚ダイブどころか、バーチャルリアリティの概念さえ普及していなかった。ゲームといえばアナログテレビに映像を出して、有線コントローラを手で持つのが当然という、そんな時代に。

 複数の会社が、|RPG《ロールプレイング》のゲーム世界“内”にカジノ・ゲームセンターを作った。

 しかもミニゲームと呼ばれる「ゲーム内ゲーム」をただ盛り込むだけでなく、それ用の遊戯場を勇者の旅路に作った。
 結果、俺たちは勇者というキャラクターアイコンを操作して、遊技場を「探して」「入り」、元手としてゲーム内通貨を「支払い」、遊んで、成果次第の景品を「得る」という手順を踏んだ。
 入り口で入場券を買わされたり。
ゲーム内通貨を遊戯用メダルに換金する必要があったり。
わざわざ景品交換受付のカウンターでNPCに話しかけて景品を選んだり。
 ゲームなら省略できそうな手順を、わざわざゲームに盛り込んだ。

 ただのミニゲームではなく、遊戯場という施設まるごとの疑似体験になった。

 ゲーム会社の人は、単に娯楽要素を増やそうとしただけかもしれないが。
ゲームの中の世界、例えば剣と魔法で勇者が旅をする物語世界だって、言っちまえば一つの仮想現実《バーチャルリアリティ》だ。
 現実にある施設を「仮想世界の中で再現する」という、伸《の》び代《しろ》が有るんだか無いんだかよくわからん行為の先鞭を、彼らはつけていた。
 この試みはゲーマーらに歓迎され、以後、大作RPGの中にカジノ・ゲーセン・闘技場・レース場などが登場するようになった。

 やがてあらゆるハードウェア・ソフトウェアが進化し、仮想世界が立体的に精細に描かれるようになり、ネットゲームも普及して。

 二十一世紀初頭。
 某ゲーム会社が、これまた変なことを試した。
 彼らが作ったのは、ゲーム要素に乏しい唯の――仮想の街。
|MMORPG《大規模ネットゲーム》と同じ技術で、観光リゾート街みたいなものを作ったのだった。

 ログインしたプレイヤーは、己の分身たるアバターや仮の自宅を与えられた。
 アバターを動かして外出し、 商店街に行ってアバター用の服や家具を買ったり、映画館に行って無料ゲームPVを見たり、街中で他人と駄弁ったりできた。外出せず、自宅を模様替えしたりベランダから外を眺めたりもできた。
 |疑似立体《ポリゴン》化された|SNS《ソーシャルネット》と言ってもいい。インターネット自体をゲーム化した、とさえ言えただろう。

「ま、残念ながらその街は流行《はや》らなくて、すぐ閉鎖しちゃったんだけどね。できることが少なすぎたし、固有のメリットも無かったし……でもアイデアは良かったんだよ。時期が早すぎただけ。事実、2020年代の|MMO《ネトゲ》で似たようなロビー空間が作られて、それは成功したからな。2020年代ならおっさんも知ってるんじゃねーの? あー、おっさんはゲームしない人だっけ。じゃあ愛華《あいか》ちゃんはどう?」

『鷲津《わしづ》巡査長なら退出したぞ』

「えっ、なんで? 俺が《《ダイブ》》した時は愛華ちゃん居たじゃん!」

『こちらはシミュレーション準備で忙しいんだ。自分が暇だからと付き合わせるな。いちいち聞いてられん』

「いいじゃん別に。おっさんも《《ウチの研究室の監督》》をやるならさー、〈アンチワールド〉の歴史とか知っとくべきだぜ?」

『何が歴史だ。ゲームの話だろうが』

「繋がってんの。その|MMO《ネトゲ》の成功例ってのはさ――ゲーム世界の中に、電子書籍店とか映画館を作ったんだよ。ネトゲ仲間が映画館に集まって、別の対戦ゲームの大会を観ながら実況とか合成とかやってたらしいぜ」

『合成? 合成をやるとはなんだ?』

「あー……これゲーム用語か。つまり上映中の映像をみんなで観ながら、会話したり別の作業したり、色々だったんだよ。物理現実と違って、他人の出す騒音を自由にオン・オフできるからな。上映中でもワイワイ騒げた訳。

 色々やれたのは、映画館だけじゃあない。
 購入した電子書籍は、いちいちログアウトしなくても|MMO《ネトゲ》の中で広げることができた。最初はゲーム関連書籍ばかりだったけど、そのうち実用書とかも売られ始めた。買った本は、|架空の自宅《ハウジング》の本棚に並べることもできた。当時は頭部装着式画面《ヘッドマウントディスプレイ》が主流だったけど、そのうち全感覚接続《フルダイブ》にも対応した。これの意味、わかる?」

『準備運動ぐらいしておけ。《《開始》》まであと五分も無いぞ』

「わかってるって。

 要は日本円《リアルマネー》で買い物できる、電脳仮想空間上、初のショッピングモールだってのさ。
 金が回るってんで、これに色んな第三次産業が参入して――全感覚接続《フルダイブ》環境のコストダウンを期に、一気に規模が拡大した。全感覚接続《フルダイブ》式の対戦アクションゲームが物理演算に凝りまくったお陰で、手先の感覚までリアルに再現できるようになって、それもまた商材を増やした。一般企業が現実のオフィスと仮想空間のオフィスを使い分けるようにもなった。

 |MMO《ネトゲ》の一部にゃ収まりきらないほどの市場になって、国境もアッサリ越えて、法律でさんざん揉めたから仮想空間用の新しい国境までできちまって。いよいよ現実の経済需要を食い過ぎて脅威論が出始めた頃、この仮想空間の街に、やっと通称が定着した。

 ――反世界《アンチワールド》ってな」