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KAC20212

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 放課後の教室。鞄に教科書をしまって、さて帰ろうと言わんばかりに立ち上がった男の子の襟を掴んで女の子が言う。
「今日も今日とてモテないなあ。あーあ。あーモテないモテない。どういうことなのかしら。不思議だなあ。おかしいなあ」
「玉黄ちゃんはとってもモテモテの女の子、みんなは恥ずかしくて言えないだけサ! 幸せの青い鳥は目の前にあったんだ。ただそれに気づかなかっただけで……。ということで実は問題は解決しているんだよ玉黄ちゃん、」
 良かったね、と言いかけた男の子の襟を女の子は思い切り引っ張る。男の子はほとんど「ラブストーリーは突然に」のCDジャケットの小田和正のような姿勢になる。男の子の目をじっとのぞき込んで、女の子は言う。
「良人くん」
「はい」
 良人は観念した。
 

 十分なソーシャルディスタンス——「間合い」と言っても良い——を確保してから、良人は玉黄に問いかける。
「今さらかもしれないけれど、玉黄ちゃんはどうしてモテたいの? 別に、なんか、玉黄ちゃんだったら、とっかえひっかえ——かは分からないけど、普通に告白したら大抵の男はOKしてくれると思うけどなあ」
 それを聞いた玉黄は、深くため息をついて言う。
「良人くんは本当にばかだなあ」
「ひどくない?」
「あのね? 告白して特定の人と付き合うのは『モテる』とは言わないんだよ?」
「……そ……うかな?」
「そうだよ。いい? わたしってかなり可愛いでしょ?」
「そうだね」
「しかも家がはちゃめちゃにお金持ちなの」
「そうなんだよな。なんなんだよ」
「一応言っておくけど、スポーツも結構できるからね。良人くん一人だったら、片手でポキ、だよ」
「さっきやられたから知ってる」
「その上テストだってベスト10より下だったことはないわ」
「じゃあもう良くない? 『モテ』とかいらなくない?」
「違うのよ。いるいらないじゃあないのよ。『モテ』てしかるべきだって言ってるの。どう考えても、もっと爆裂にモテて、ファンクラブとか親衛隊とかが出来るはずなの! なのにそれが無いって言うのはおかしいって言ってるんだよ。どうしてこんな簡単なことが分からないのかな。それってそんなにヘンなことかな?」
「まあまあヘンなことだと思うけど」
 言うが早いか、良人は玉黄の目を見つめたまま、素早く後ずさり、ソーシャルディスタンスを保ち続けようとする。それを見た玉黄は言う。
「命拾いしたわね。天地魔闘の構えがカウンターの構えで」
「どうしてカウンターの構えを選択したのか分からないけど、助かったよ……。まあとにかく、話は分かったよ。明日またここに来てほしい。本当のモテ食を提供するから」
「ふふ……近所のコンビニエンスストアとファーストフードチェーン店は全て買収済よ。良人くんには何も売らないように手配書を回しているわ。それでもできるって言うなら、やってごらんなさい!」
「どうして自分の欲求を満たしてほしいって話なのにそんなめちゃくちゃな制限をかけるんだろう」


 翌日。放課後の教室。鞄から保冷剤に包まれたタッパを取り出して良人は言う。
「玉黄ちゃん、スーパーマーケットの買収を忘れてたでしょ」
「あっ」
「まあ、おかげでちょっといい味噌が買えたから良かったけど……。よっぽどお菓子にしようかと思ったよ。そっちのがラクだし。でも、玉黄ちゃんのうっかりにつけこんで勝つのは主義じゃあないからね。正々堂々味勝負だ!」
「ふふ……はちゃめちゃにお金持ちの家で育ったわたしを舐めないことね! これは……どうやって食べるのかな……」
「ま、ご飯に載せるといいんじゃないかな。ホラ、見てこれ。すごくない?」
 良人は円筒形の容器を取り出し、蓋を開ける。と、レンチンしたわけでもないようなのに、その蓋からは湯気が立ち昇る。
「なにこれ、すごい」「すごいよねえ。家でレンチンして、この容器で蒸らすことによってコメが炊けるという魔法の箱だよ」
 ほかほかのコメに、良人はタッパから取り出した何かを載せる。
 一口食べて、玉黄は言う。
「うーん、炊き立てのご飯って何で食べても美味しいね。なんだったらご飯だけでもいいくらい。確かにおいしいけど、でも、これが『モテ』とどう関係するの?」
 そう言う玉黄の顔を、にこにこと微笑みながら良人は見つめる。
「あっ……と、えっと、その……。テ、テクノロジー! そう、えーっとその、テクノロジーの力を使って、ご飯を……いつでも炊きたてで……じゃ、なくて……」
 そう言う玉黄の顔を、にこにこと微笑みながら良人は見つめる。
「えー、……アレ? えっと……あの……良人くん?」
 そう言う玉黄の顔を、にこにこと微笑みながら良人は見つめる。
「え……と……ご飯だから……ライスバーガー……」
 と言った瞬間、一瞬、良人の瞳から感情が消える。
「は! 関係なくて!」
 そう言う玉黄の顔を、にこにこと微笑みながら良人は見つめる。
「えっと、えーっと、……あ、そうだ! この、味噌のなんかがすごくご飯に合う!! ちょっとほろ苦くて、でも一口でいくらでもご飯が進むわ!!! これって一体、なんなのかしら? こんなの食べたことがないなあ!!! おいしい!!!!!」
「ふふ……。コンビニとファーストフードを封じられたって、美味しいものが食べられないと思わないでよね、玉黄ちゃん。それはね、フキノトウだよ。本当は天ぷらにしようかと思ったんだけど、天ぷらだと放課後までにしんなりしちゃってイマイチだから、味噌と一緒に炒めるやつにしたんだ。これは本当に今時期一瞬しか味わえない……いわゆる『走り』の味さ」
 饒舌に語りだす良人の顔を、安心したように見ながら玉黄は言う。
「フキノトウ……って、雪が溶けたころに見かけた気がするけど……?」
「そうだね、雪溶けのころにぼこぼこ出てくるけど、あそこまでいっちゃうともうアクが強かったりして食べにくいんだ。だから、今くらいの時期の、ほとんど新芽みたいなやつが美味しくて僕は好きだね。まあとにかく、フキノトウを美味しく食べられる時期っていうのは、本当に短い、『走り』の時期だけってわけさ。夏になったらあの、なんかコロポックルが持ってそうな葉っぱになるだけで、まあどっちかったら邪魔な雑草だよね。刈られちゃう。でも、今だけは、とってもモテる……わかるかい玉黄ちゃん。玉黄ちゃんって好みが古いんだよね」
「は?」
「確かに玉黄ちゃんはかわいいし、頭もいいし、スポーツだって万能だ。そのうえ家は爆裂に金持ち。一見非の打ちどころがなさそうに見える。でもそんな玉黄ちゃんにも欠点があって……流行りに疎すぎるんだよ。今時、どんな人が『モテる』かって、僕も考えてみたんだけど、やっぱり流行の先端を行く人だよ。インフルエンサーとか言うでしょ。フキノトウと一緒でさ、『走り』のものをちゃんとキャッチするのが大事なんじゃあないかな。このフキノトウ味噌の味は、そういうことを教えてくれると思わないかい?」
 そう言い切る良人を、お化けを見たような顔で玉黄は言う。
「でも、だって、え? 『ガラスの仮面』は?」
「『ガラスの仮面』読んだことないの? ブラウン管のテレビがちょっと貧しい家庭にはないころの話だよ、あれ。昭和じゃないのかなあ」
「『ダイの大冒険』は?」
「確かに最近アニメになったけど、あれもともと僕たちが生まれる前の話だからね?」
 それを聞いて、玉黄は愕然とする。ぽかんと口を開けて、じっと良人を見つめる。
「あと、学校の中にファンクラブがあるとか、親衛隊がいるとかも、たぶんひと昔前の話なんじゃあないかなあ……。まあ、憧れるのは勝手だけど。とにかく、玉黄ちゃんもダークウェブばっかり見てないで、最近のものに目を向けたらってコト。どうかな?」
 にこやかに言い切る良人に、玉黄は言う。
「良人くん」
「なんだい、玉黄ちゃん」
「恋愛といえば少女漫画、その少女漫画の中の最高峰、大ブームの渦中にあるって言って、『ガラスの仮面』を貸してくれたのは誰?」
「あっ」
「男の子の心を掴まないとモテないよ。最近話題の石を割る修行でおなじみ、映像化もされてめちゃくちゃ大流行しているって言って、『ダイの大冒険』を貸してくれたのは誰?」
「しまった」
「どっちも勧めたのは良人くんじゃん!! これ読んだらモテるって言って!!! あなたが言ったんじゃないのよ、ねえ!! わたしのこと、騙したの!?」
「ち、違う違う。そういうことじゃあないんだって。で、でも面白かったでしょ?」
「超絶スーパー面白かったけど、今聞いてるのはそういうことじゃあないんだけど?」
「あー、えーっと、その……えー、あ、じゃあ今度は本当に流行ってる漫画を教えるから……」

 まったくもう、と言って玉黄は残ったご飯をフキノトウ味噌をぱくぱくと食べ進める。そして言う。

「もう、小細工に走るのはダメだからね」



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「鯖は足がはやい」(走るだけに)とか、「悪事千里を走るってのは本当だね、トホホ」という話にしようと思ったんですが、うまくいきませんでした。

将太の寿司とか美味しんぼは偉大。それではまた。

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