• 異世界ファンタジー
  • エッセイ・ノンフィクション

『掌の宇宙』第2話 解説

《伝記:はんざき物語》 岡山県湯原町

 昔、今から四百年ほど前(文禄の初め)。龍頭が淵(現 鯢(はんざき)大明神の前面の旭川)に、長さ三丈六尺 (10.9メートル)、 胴回り一丈八尺(5.5メートル)の大「はんざき」がすんでいて、付近 を通る人や牛馬を捕らえ、呑んでいました。村人達は怖れ、近付く者はいませんでした。

 ある時、三井彦四郎という向湯原村の若者がこれを捕らえようと 短刀を口に淵に飛び込みました。しばら くすると、水底から血がふき上がり、巨大な「はんざき」が浮かび、腹を内側から引き裂いて、彦四郎が這い出てきました。

 村は助かりましたが、その後、彦四郎の家では夜な夜な戸をたたいて号泣する声が聞こえ、ついに一家は 死滅してしまいました。

 村人たちは、鯢(はんざき)大明神の祠を建て、このヌシを祀る ようにしました。

 この伝説に由来し、毎年八月八日には「はんざき祭り」が行われています。伝説の大「はんざき」を模したオオサンショウオを乗せた山車が、湯本を中心に町を巡ります。


■『はんざき』 とは、日本特産の有尾両生類・オオサンショウウオ(Andrias japonicus)のことです。

 世界最大級(全長150センチになる)に成長します。1952年(昭和27年)、特別天然記念物に指定されました。(オオサンショウウオ科に属するのは、日本のものと チュウゴクオオサンショウオ(中国産)、ヘルベンダー(米国産)の三種しか世界にいません。)

 中国山地が主な生息地で、標高400メートル前後にある河川上・中流域に住んでいます。

 『はんざき』の名の由来は諸説あり、岡山~広島県南では「獲物を半分に裂いて呑みこむから」といわれ、湯原町(岡山県北部)では「身体を半分に裂かれても生きているほど、生命力が強いから」といわれます。島根県では『はんざけ』ともいい、「口が大きく、開けると身体が半分に裂けているように見えるから」だそうです。――こういう地方名・方言には、民俗動物学的な関心があります。

 生物学的には、いくら生命力の強い両生類とはいえ、身体を半分に裂かれても生きていられるということはありません(プラナリアなら出来ます)。幼生のちぎれた外鰓や指が再生するところや、長命な(飼育記録は51年。百歳以上になるといわれます)ところから、昔の人の『白髪三千丈』的な誇張表現と思われます。

 実際、オオサンショウウオの再生力は、あまり高くなく、指などが完全に再生するのは稀だそうです。

 湯原町のオオサンショウウオ保護センターには、飼育例で世界最大の、体長130センチのオオサンショウウオの標本が展示されています。

 (本作品は、上の伝記に基づきます。彦四郎が龍頭ヶ淵に潜った理由が明らかにされていないので、ときの話を創作しました。ところで……オオサンショウオは、鳴きません。念のため。)

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する