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01:もしもし、あのね

『もしもし? あのね』
 送話口から聞こえてきたのは女の子の声。まだ幼いのだろうか。どことなく舌足らずであどけなさが覗える。
「間違い電話?」
 こんな時間に子供からの電話なんて親は一体何をしているんだろう。
 そんなことを考えながら、この番号は間違い電話でないのかと伝えてやる。こちらは早く仕事を終わらせて帰宅したいのだ。この子には悪いが、話に付き合っている余裕は無かった。
「ごめんね。お兄さんは忙しいんだ。電話、多分間違ってると思うから切るね」
 通話は一方的に。女の子が何かを言いかけたが「バイバイ」とだけ伝えて終わる通信。発生したロスタイムを取り戻すべくキーボードに指を下ろしたところで、再び鳴り出したのは電話のコール音である。
「……………………」
 またあの子だろうか。
 番号が違うと伝えたばかりなのに、間髪入れずにかかってきてしまったということは、リダイヤルでもしたのかもしれない。
 面倒臭い。
 そう思いながらも、再び受話器に手を伸ばす。
「もしもし?」
 一応は、相手が誰なのを確認はしておく。万が一上司や取引先からの電話だったら拙いという意識があるせいだろう。心の中で笑ってしまう。
『もしもし? あのね』
 だが、そんな心配は杞憂に終わった。電話の相手は先程の女の子。さっきと全く同じ言葉が受話口から聞こえてくるではないか。
「…………あのね。悪いんだけど……」
 小さな子に目くじらを立てるのはよろしくないと分かってはいても、疲労が限界まで蓄積されたこの状況で、苛立ちを隠す事は難しい。言葉に混ざる僅かな怒気。それを相手に悟られないよう気をつけながら、通話を終わらせるべく言葉を選ぶ。
「……というわけだから、ごめんね。じゃあ、電話切るね」
 出来ればもう電話をしてこないで欲しい。そう願いながら受話器を戻そうとした時だった。
『きらないで! まこちゃん!!』
 焦ったように叫ぶ女の子の声。
『きっちゃだめ! おねがい、まこちゃん! マリの話を聞いてよ!!』
 切らないで、お願いと何度も何度も懇願され心が痛む。
「そんなこと言っても、お兄さんは忙しいんだ。悪いんだけど、君とお話している時間がね……」
 何とか宥めて通話を切ろうと思い、再び受話器を耳に当てる。
「それにもう時間も遅いから。お家の人、心配してるでしょ?」
 あの手この手の言い訳を考え受話器を置いて貰おうと誘導をかけるのに、女の子は全く折れてくれない。
「だからね……夜遅くから電話してたら、ご両親にも迷惑がかかるでしょ?」
『だいじょうぶ』
「え?」
 ハッキリと返された一言。その言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。
『ママがね、まこちゃんがお話相手なら、ちょっとだけ電話してもいいよって言ってくれたから』
 電話の向こうから聞こえてくる楽しそうな女の子の声。
『ねぇ、まこちゃん。マリね、おもしろいお話知ってるんだよ』
「……………………」
 完全に話の主導権は電話の向こう側にいる女の子が握っている。こうなってしまうと、何を言っても聞いて貰えないような気がして、諦めて止めた作業の手。
「それじゃあ、少しだけだぞ? どんな話なんだい?」
『分かった。じゃあね、まこちゃん。こんなお話、知ってる?』

このお話はね…………(第1話/雪)
https://kakuyomu.jp/works/16816927860567586273/episodes/16816927860567590094

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