キャラの奥行き

 前にも書いたかも知れないが、アデル・ヴォルフは、鬱がつづく中で、突然毎週末だけ躁がくるという三ヶ月間に恵まれ、当時十三年前に考えていた基本設定を肉付けし、わき出てくるエピソードを急ぎ足で書き上げたものだった。

 アデル・ヴァイスは違った。

 躁鬱が終わり、鬱のみの日々に戻る中、自分が散々憧れて読んだガールズ・ラヴを、自作品としても取り組んで見たい、という邪(よこしま)な野望から、アデル・ヴォルフで謎の国となったゼライヒを舞台にした、

 王立女子士官学校「アデル・ヴァイス」

の設定に取り組むことになった。

 さて、手元には「ゼライヒ女王国の歴史と設定(脳内)」「徹攻兵の設定(Excel)」「輝巳と同じく鬱病の女の子」という要素だけがあった。



 そしてはたと困った。



 俺、感性の人であって理屈の人じゃねーんだよなー。



 物事を小さな単位に区分けして、ロジカルの世界に閉じこめ、その閉じたロジカルの中での論理的整合性を整え、一つの仮定、想定、にくみ上げるならできる。

 突然愚痴になるけどさ、会社ってそうじゃないんだよね。

 上司の人が自分の感性に、自分の(最近読んだ)ロジックで飾り付けしているのを「そうですね」っていって、その意に沿って推進できなきゃクズ扱いなんだよね。

 そして今までずーっと「それだけは馴染めねえ」って蹴っ飛ばしてきたのが僕なんだよね。

 そりゃー上席になんて上がれんわ。

 だけどさ、完全に空気の読めない僕にはわからんのよ、上の奴の感性がまず「前いってたことと矛盾してんじゃねーか」と混乱するし、「結局、前いってたことと何が違うんだ」と分からないままだし、そこに最近流行の言葉が被さってきて説明されるから「日本語で話せ日本語で」となるんだよね。



 そんなわけで、いわゆる「市販の本が読めないから、自分のしっくり来る作品を自分で書いている」僕には、物語の構成も、伏線の張り方も、物語を盛り上げて行く手腕も、日本語のてにおはも、擬音語の使い所も、とんと分からぬ。

 「文章論」なる書籍も、幾つもあって反吐が出る。

 とはいえ、露伴の様な文章が書けるテクニック本があったら読みあさってしまい、それにならって文章を書くかも知れない。

 でも、その時できあがる何かは、露伴を模した劣化コピーの読むに耐えない駄文だろうとも思う。

 だから露伴の文章論も読んだことがない。



 カクヨムにはよくしたもので、フィルムアート社の物語の作り方のお作法が要領良くまとめられている。



 書籍というものは、それが世の中の常識に反して作者の意に沿うように装丁されていないのであれば読んではいけないと思う。

 なぜなら、書肆で「流通物」としての大きさになるように、足らないところは盛りパテし、余すところはホットカッターやリューターに回転のこぎりの刃をつけてあっさりカットしてしまうからだ。

 黒澤明はプロデューサーが自作を半分の短さにまとめると知って「同じ半分なら縦に半分にしろ」といったらしい。

 出版社側の編集の「ここはカットしましょう」「ここはもう一エピソードなりを追加してあと○○文字増やせませんか」などという宿り木に「なるほど、僕にはそういう視点が足りなかったんですね」とか「勉強になります」「ここなら書き足せそうです」と、答えて応えるのが最低限の著者としてのマナーで、それができないものは出版という企画ごと没にされるだけ。

 そして本来は十数枚程度のスライドにまとまる「経営理論」「営業理論」を二百五十ページくらいの本にかさましする。

 僕は、四十代の入り口ぐらいまで、その手の本を買ったら隅々まで読み通して、内容を把握しなければならないと思っていた。

 もちろん、優等生然とその本に書いてある論理を隅から隅まで余すところ無く滔々と語り、議論が停滞したときにも、さっとその知識体系を取り上げ、ささっと板書し、その場全体を一つの方向にまとめられれば、その本の理論はビジネス上の武器になるだろう。



 僕にはそれはできなかった。



 本なんてコアの部分だけ読んで、それをしっかり暗記して、そしたら残りは読み捨てて、誰かがなにかで口にしたとき、「僕もその本読んだことがあります」と賛意を示せれば十分で、隅から隅まで読み通したから、だから仕事がうまくいくなんてことはないんだ。

 その本のコアなんてほんの数枚のスライドで表現できるもので、僕が隅々まで読んでいたのは、嵩まし嵩上げの緩衝材だった。

 それが分かった途端、僕は本が読めなくなった。



 元々その病気は、ミステリから始まった。



 気に入るとマニアックな方向に歩き出す癖があるから、気がつくと不人気作家の作品を読みあさる。

 すると「このトリックあの作家もつかっていたな」とかがちらほらする。

 そのうちパズルに見えてくる。

 前提条件は作家が出す。

 そして幾つもの組み合わせがあるうちの、たった一つを答えとする。

 それも作家が決める。

 作家が出して作家が決めて作家が答え合わせをする本って、読んでて楽しいか?

 そう思ったときから、ミステリというジャンルは僕の中で娯楽作品ではなくなった。



 僕が好きだったのは剣と魔法の世界の冒険、ファンタジーだった。

 しかし至宝「指輪物語」すら、なんか辛かった。

 大人になってから読み直したときにはそれなりに楽しめたが、「この文章要らない」「ここのくだりも要らない」「この表現いいね」「こっからここ、何これ?」と書き込みをしながら読んだ。

 そしてびっしりと書き込みにまみれたソレは、二度と読むモノではなくなった。



 『空色勾玉』のように、国産で光る作品はあったが、ナルニアもゲドも挫折した。

 そうして次ぎに、ファンタジーを読まなくなった。

 というより、コンピューターゲームによって作り上げられたある種の世界観がテンプレートとしてあり、全てが同じものに見えるようになってしまい、僕の心のファンタジーを求める要素は、暗闇の迷子となった。



 SFはもとより駄目だった。



 昭和の児童向けのSFとか、酷いものばかりだ。

 というか僕の中で早くから、SFとはサイエンス・フィクションの略ではなく

 scientific fantasy

の略だった。

 scientific fairytail

の方が妥当かもしれない

 それはおよそ科学ではなく、科学的概念を、作者の猿回しの都合のいいように引き倒してこねくり回したなにかで、SFとはジュール=ガブリエル・ヴェルヌしか書き得ないものだと思った。



 そして仕事をする中でビジネス書といわれる類の書籍も読めなくなった。



 そしてあれだけ好きだった書肆に出入りすることはなくなった。

 だから、文章の書き方なんて知らなくて当然だ。

 そんなこんなだから、フィルムアート社のまとめた物語の作り方のお作法が、僕には、それぞれの著者の著述のコアの集まりに見えて、なかなか楽しく読めた。

 そして三幕構成は「よそ様と同じ金型で?」と違和感こそあるものの「これはこれでよいのでは」という気になり、取りあえずExcelに書き出してみた。

 キャラの作り方の要素や、キャラ同士の対立関係の構造など、フィルムアート社のまとめたお作法に沿って考えていくうちに大枠は決まってきた。

 「これならいけるかも」と思って書き出したのが「アデル・ヴァイス」だ。

 でも、生来人様の言うことに従えぬ達だから、枠には収めきれなかった。



 「アデル・ヴォルフ」の時もそうだ。

 ドイツでの徹攻兵研究史なんて、戦闘シーンから書き始めて読み手の目を惹こうとした作品では、誰も面白く読めなかろう、と。

 でも、ああでもして設定を説明しないと、それはそれで身勝手なふわふわした設定になると思い、あと、「スヴェン」の名前を使いたくて差し込んだ。

 それともう一つ、小説の中で設定を披露することで、自分の頭の中を整理し、Excelの表の内容を充実させ、裏打ちのある設定にしたかった。



 そして「アデル・ヴァイス」にて、仮想国家? 夢想国家? ゼライヒを舞台にしたのは、「ゼライヒ」という国家に肉付けをするために、絶対に必要なことだった。

 王立で、しかも女子のみの士官学校っておかしいじゃん、という可笑しさを、おかしくないものにするには、その国の歴史が必用だった。

 それをあのタイミングで差し込むのは、相当おかしいことだったかも知れない。

 でも、どこかで歴史を語らないことには、ゼライヒという国家、「ゼライヒという国家、民族の中でこそ起こった同性への恋慕の葛藤」がいつまでもふわふわとしたものになってしまうと考えた。

 結局、三幕構成の形は崩した。

 出したい登場人物のシーンまでまた一歩近づいた。



 そして、疲れた。



 それでも、と歩み続けるうちに、(ようやくこの近況ノートのタイトルに辿り着くのだが……、やっぱビジネス向きじゃないわ、俺)元来別のキャラに尋ねるはずだったリーエが、同室のヴィセに過去の話を聞いて、そのヴィセが僕も知らないようなエピソードを語り出し、そして、

 あ、なんだかこの子奥行きがついたわ、

と思った。



 辞書的な定義ではそれは奥行きではない。

 でも、元々用意していたエピソードと比べたとき、元来の案はいささか「チャラ」くて、ヴィセの過去は重みがあった。



 結局、正解なんて分からない。

 何が正解なんて、そんなもの無いのかも知れない。

 でも僕は、リーエがチーヤにどう向き合うのかが知りたいから、



書き続けるよ、この先も。

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