Chat-GPTが話題になっている。
どれほどのものか知りたくて「自衛隊を合憲とする解釈改憲は、憲法の理念に反するのではないか」という命題を少しずつ表現を変えて何度か食い下がってみた。
ちょっと前のことなので以下の内容は正確ではないかも知れない。
おおよそ、前段、後段、締め、の三つで構成されていることが分かり、ばかばかしくなった。
こんなものを「凄い」「人間を超えた」と褒め称えている向きは「それでいい」人達の集まりなんだと思う。
僕は漫画雑誌のジャ◎プが苦手というか、嫌いだ。プロレスギャグマンガが、いつの間にかプロレストーナメントバトル漫画になり、七つの宝玉の集める漫画が、いつの間にかバトル漫画になり、吸血鬼ゴシックホラーがいつの間にか式神超能力バトル漫画になり、そして人気のあるうちは、引き延ばしの上に引き延ばしをくり返し、一定の人気が無くなれば、どんなに過去の実績がある漫画家でもばっさり切る。
それは経営、事業としては正しいのだろう。それでも僕には「作品を共創していく」姿には見えないし、どんなに新機軸の漫画が始まっても、結局特殊能力バトル漫画に成る時点で「また、同じ漫画か」としか思えなくなってしまった。
それは、どこの漫画雑誌にも一定現の範囲でみられる傾向ではあるが、サンデーは、比較的最初のコンセプトを最後まで維持することが多いように思えて、サンデーしか読まなくなった。
でも、サンデーを読むのはいわゆるオタク層で、フツーはジャンプかマガジンだった。
まあ、小学館でも「あずみ」の様に大衆受けする=あり得ない展開で一巻で挫折するような漫画がなかったわけではない。
それでも、サンデーで新しいダークヒーローものが始まった時には期待した。
「この作品は絶対に打ち切りになる、でも、打ち切りにならなかったらおおばけする」と。
案の定打ち切りになった。
この頃から「自分の読みたい物語は自分で書くしか、お目にかかる機会はない」と考えるようになった。
エンタの神様は関東で流行っても、関西では受けないらしい。
そりゃそうだ。
お笑い芸人の一発ギャグを寄せ集めた代物だ、三回もみれば底が透けて見えることに気がつき、同じものをくり返しみていることに気がつく。
でも、関西のちゃんとした漫才番組やコント番組では今ひとつ視聴率が伸びないそうだ。
朝日放送が取り組んだ「笑いの金メダル」はテコ入れという名のトーク番組に化しそして消えていった。
そして関東の番組から「ちゃんとした」お笑いの番組は消えた。
淘汰の摂理というものは、そういうものなのだろう。
そこに風穴を開けるのは男の力なくしては成り立たない。
自然界でも、「種の維持」と「種の発展」は明確に役割が分けられていて、前者は雌が、後者は雄が担う。
それが証拠に、雌が自然界の迷彩色なのに、雄が明確に「生存に意味なく、いやさむしろ悪目立ちすることになる華美な装飾」を持っている種のなんと多いことか。
はてさて、GPTに「解釈改憲の違法性と改憲の必要性」を尋ねると、
最初に三点ほど解釈改憲が認められていることを、あれこれ言い方は変えつつも出してきて、
次ぎに改憲の難しさを二つ三つあげて、
最後に「色んな考え方があります」と逃げて、
解釈改憲でよいのだ、とか、解釈改憲は違法性が高く実際の改憲が望まれる、という断定的な文章は出してこない。
これでは議論相手にも脳トレにも成らない。
GPTとの会話は、馬鹿が馬鹿とお互いを誉めあって会話しているか、なにかを文章で表現する時に、それなりの言い回しを求めてワンチャン尋ねてみるくらいの使い勝手しかない。
多分、今後より長文を構成できるよう発展していく場合、ハリウッド映画の三幕構成の様なメソドロジーにそった、大衆受けする名作は何本も出すだろう。
ただ、それを活かす監督の指導や訳者の演技によって作品の「興行収入」という優劣は決まるし、最初の二年から三年は「脚本:Chat-GPT」の作品が爆発的な人気を呼ぶが、やがてパターンに飽きられ、監督、カメラワーク、演技までコンピューターの支配下に置かれた、完全コンピューター作品と、GPTには出せない「味のある脚本」をかける作家の作品に二分化されていくだろう。
そしてそれは同時にGPT以前の時代の、人気脚本家達の断筆と、GPT旋風後の雨後の竹の子のような個性的な作家達への世代交代が行われるだろう。
「Chat-GPTで作家はいなくなる」 ?
それはあなたが作品ではなく広告や作者名で作品を選択している証左であっても、
「本当に個性的が故に、売り物にならない作品を評価できるほど目が肥えていない」事の自白でしかないよ。
とはいえ、世間は日進月歩。
下記のような商品と組み合わせたら、また違う爆発力をみせるかも知れない。
僕の稼ぎに月もう数万余裕があったら、自分自身がユーザーとして使いたいと思っている。
お金がないのは本当に惨めだ、と、ようやく人生一〇〇年時代の前半の生涯を収めようとする日に唱えてみる。
文賢
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