軍記ものを読んでいて、痛みに関する描写がないのは不思議に思われる。
考えてみると20世紀の映画に描かれた戦争ものでも、戦死は描かれても痛みはほとんど描かれていない。「プライベート・ライアン」あたりから痛み止めのモルヒネや、死ぬ寸前の錯乱や痛み、苦しみ、諦めが生々しく描かれるようになったのではないか。
やくざ映画は指を詰めるシーンがあるので、見ている側も「これは痛い！ 痛たたたた！」と共感するものの、それ以外の外傷はさほど痛さを感じない。むしろ裏切りや無駄死にの方が「痛たたた」と感じるくらいだ。
日本の時代物となると、武士が切り傷で「痛い」なんて言わなくて当然である。何しろ常に切腹や打ち首の可能性があるので、こちらも「きっと覚悟が決まっているはず」と思っている。
しかし平家物語の頃は、まだ武士だか荒くれ者だか、犯罪者だか農民だか、はっきりしないような連中ばかりである。しかも16、17歳くらいの少年も登場するほどなので、やはり重症なら「痛い！」と叫び、「痛いよう」と嘆く人もいたはずではないだろうか。あるいは感覚が麻痺していて、ほとんど痛みは感じないのだろうか。