「キルプの軍団」は主人公の「僕」と叔父さんが、一緒に原書でディケンズの「骨董屋」を読んでいく、それと並行して「骨董屋」を思わせる面もある現実の事件に巻き込まれるという話である。
通常の小説にはない面白さがあって、頭でなく胸のあたりが豊かなもので満たされるような感覚がある。
小説も音楽も、頭で受け取って情報として処理してお終い、という印象のものが多いので、これは珍しい。温泉にでも入っているような感じがする。
しかも88年に書かれたこの小説の「僕」は、ちょうどその頃の自分と同じ年齢で、88年の大江健三郎は、今の自分とちょうど同じ年齢なので、やけに縁を感じる。出てくる場所も南武線とか立川近辺とか、ぴったり。
当時、1988年の平均的な高校生の興味というと「ねるとん紅鯨団」とか、ブルーハーツとか、そういう感じではないだろうか。
しかし、そんな話題にはお構いなしで、話は映画作りの方向へ進んでいる。