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気の毒すぎる大江健三郎の巻

「取り替え子」に続いて、その続編を読みたくもあるし、初期の作品に戻って読みたくもなるし、目移りする。

それでインタビューや自伝的なエッセーなどをチラホラ読んでいると、20代の頃から毀誉褒貶の波が激しく、気の毒になってきた。

そもそも「飼育」の時の芥川賞の選評からして、言い掛かりのような変な評が目立つ。

その後は私生活まで脅かされるし、脅迫状、配達証明つきの郵便物、その他、そこまで酷かったのかと同情する。

今、直木賞、芥川賞と本屋大賞の他はほとんど報道もされないし、すぐに忘れられてしまう。そのことを考えるとノーベル文学賞を受けてもこんな感じなのかと……。

これがヴァルネラビリティ(vulnerability=攻撃誘発性、いじめられやすさ)か! と改めてよく理解できた気がする。

その一方で、どうも理解しきれないのは書き直しの問題で、いったいどのような方向に書き直すのか、その方針が今ひとつ掴み切れないもどかしさを感じる。

たとえばスティーヴン・キングのように削る方向で推敲するのは分かるのだが、あまりタイトにしすぎるのも100%良いとはいえないし、自分はむしろ、もっとゆったりした、平易で柔らかい印象を与える文章を書くにはどうしたら良いのか、そういうことを考えるようになった。

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