年末年始もあっという間に過ぎ去り、成人の日も過ぎ去った。いいかげん正月ボケは返上して働かなくては! そうしないとご飯も食べられないし、ゲームも買えない……というわけで今日は働く人々を描いたバイト小説特集。仕事中に暗い愉しみを見つけた青年から、異世界からやってきた悪役令嬢、奇妙な常連に振り回される男子学生に、引き留める店長から逃れたい女子大生。いずれもバイト先での出来事が描かれているが、その内容は人それぞれ。自身のバイト経験と比べたりしても楽しいかも。

ピックアップ

バイト中の歪んだ楽しみの行き着く先は……

  • ★★★ Excellent!!!

志望校に落ちて浪人中の赤井帆信が、予備校費を稼ぐために選んだのは派遣の清掃バイト。時給も良くて隙間時間に勉強もできるという理想的なバイトだ。問題はその勤務先が二回落ちた第一志望の大学だっただけで……。

自分が落ちた大学で繰り広げられる楽しげなキャンパスライフ。仕事中にそんなものを見せられ続け、うんざりしてた帆信だが、勤務中にあるトラブルに巻き込まれこの陰鬱な状況を逆手に取る発想を思いつく。こうした事故を人為的に起こしてやればいいのではないか、と……。

わかりやすくしんどそうな設定で読者を惹きつけ、そこから人が足を踏み外していく姿を描く本作品。最初は軽いイタズラ程度だったのがどんどんエスカレートしていき、後戻りできなくなっていく心理を生々しく描いている。一度読んだら一気に最後まで読んでしまうこと必至。それでいてラストには思わぬ真実が明かされたりもして、エンターテインメント性も備えた作品だ。


(「色んなアルバイト」4選/文=柿崎 憲)

悪役令嬢、ゲームの世界から牛丼屋にやってくる。

  • ★★★ Excellent!!!

悪役令嬢として世間から嫌われ、好きな王子と結ばれないままの自分の運命に辟易したマクリール。しかし、永遠に同じことが繰り返すゲームの世界から逃れることはできない……と思いきや、突然のバグによりマクリール視点では異世界、読者視点では現代日本へと飛ぶことに! ゲームの世界から逃れて理想の王子様と巡り合うチャンス! 

しかし召使いの爺やと共にやってきた現実世界でマクリールが最初に入ったのは牛丼屋……。メニューに並ぶ未知の食物の数々、そしてよくわからない注文のシステムに悪役令嬢は立ち向かう……!

初めて見る食べものに対して、次々とカルチャーギャップを受けるお嬢様の姿は大変微笑ましい。だが、お嬢様はこの世界に来たばかりで日本円は持っていない。変わらぬ運命を変えて未知の世界に足を踏み出したのに、ファーストステージの牛丼屋の時点で詰みの予感がぷんぷんする。

タイトルからすればこの後の展開はある程度予想がつくが、物語はまだマクリールが働くところまでは進んでいないのだ! 食事をすることにすらつまづいてるのに、この先さらに労働まで可能なのか!? ぜひ続きが読みたい一作だ! 


(「色んなアルバイト」4選/文=柿崎 憲)

バイト先に現れる謎の女と大学でやたら距離感が近い後輩の関係とは!?

  • ★★★ Excellent!!!

バイトをしていれば時には変な客に出会うもの。本作の主人公、尾崎傑もバイト先のファミレスで変わった常連客につきまとわれている。

夜なのにサングラスをかけていることから『グラさん』と呼ばれるその女。毎週決まった時間にやってきては、ファミレスなのに「いつもの」などという変な注文をしてくる。そんな厄介な彼女がある日、傑に人気アイドルグループ『ヨイハナ』のライブチケットを渡してきて……。

この『グラさん』をはじめ、やたらと登場人物のキャラが濃いのが本作の特徴。アイドルオタクのバイト先の先輩に、ヤンデレな恋人に悩む大学の友人、なぜか妙に距離感の近いアイドルをやっている後輩……傑の周りには変わり者ばかりが集まるのだが、そんな彼らともなるべく対等に接しようとする傑の会話が読んでいて小気味よく、ライブへ行ったことをきっかけに動き始める人間関係の変化も楽しい。

広いようで狭い人間関係の中で生じる思わぬ誤解、これを傑はクリアすることができるのか? そして傑はグラさんの正体に気付くことができるのか?……いや読者からすれば彼女の正体はバレバレなのだけど、そんな彼女の隠し事の様子を見てニマニマするのも楽しい一作。


(「色んなアルバイト」4選/文=柿崎 憲)