ほのぼの、ほっこり癒し系小説もいいけれど、それだけじゃなんだかちょっと物足りない、と思いませんか? 私は思います。思う癖です。
 ごく普通の毎日が綴られているような小説でも、時に「あ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“~~!!!」と、胸をぶっ刺されてのたうち回りたい! やばい、見抜かれている! と震えたい。それはこの世界に、「わかってくれている人がいる」という安心感にも繋がる、読書の大きな喜びのひとつでもあります。
 そこで今回は、思わず「それな!」と呟いてしまう、共感力をもった作品をピックアップしてみました。自分の近くには見つからなくても、「言葉が通じる」人がいるという発見と安堵感。<同じ空間にいるのに違う世界の住人になったような気がする>瞬間を感じたことがある人、必読です!

ピックアップ

忘れていた少女時代の感覚。日常のなかにある多彩な“幸せ”の時

  • ★★★ Excellent!!!

「昭和の香り」のする小さな駅のある街で、元画家の先代マスターから譲られた喫茶店を営む、音大卒の主人公。老犬と散歩に出かけ、河原でサックスの練習に精を出し、コーヒーを淹れる春夏秋冬、流れていく歳月を描いた物語。

重要な登場人物として「サックス、教えてくれませんか?」と接近してくる中学生の少女がいるのですが、徐々に主人公との関係性が明かされ、安易な恋愛話に流れない距離感の変化が読ませます。

中年期に入った主人公と、中学1年生から3年になる時間のなかで成長していく少女。彼女がサックスに惹かれた理由。主人公に教えを乞うた意味。吹けるようになりたいと願った「ひこうき雲」、そして「スイートメモリーズ」。

ことさら声高に主張せず、何気なく綴られているようで、時々、ぎゅっと気持ちを掴まれる会話があり、ゆっくりじっくり読み進めたくなる。出会いがあれば、別れもある。それでも続いていく物語の日々を、「行きつけ」にして、ぜひ見守って下さい!


(「あなたに“刺さる”かもしれない物語!」4選/文=藤田香織)

蝉はちゃんと自分の木を見つけないと羽化できないらしいよ

  • ★★★ Excellent!!!

瀬戸内に面した町にある、そこそこの進学校に入学した及川祐、矢島あかり、若宮千夏。それぞれに屈託を抱え、進むべく道に迷う3人の姿を追っていく。

まず、同じ出来事を個々の視点から、それぞれの心情を掘り下げながら展開していく構成で、とてもよく練られていることに唸ります。中学でも、そして高校に入ってからも、特別な努力をせずとも「普通に」1位を取れてしまう祐。<大丈夫。生まれ変わったあたしは、キラキラで底抜けに楽しい女の子だから>と自分に言い聞かせ続けるあかり。心の安寧を得るために<薬を飲むように勉強を摂取する>千夏。何が不安で何が不満で何を恐れて何を妬んでいるのか。喘ぐように足掻き続ける3人の高校生の気持ちが、そこを過ぎてしまった大人心にもグサグサと刺さりまくり。しばしば、自分の心から血が流れ出るような痛みに襲われますが、恐ろしく共感力も高い。

この感覚を、瞬間を言語化するセンス。ちょっと凄いです。絶対、書き続けて欲しい!


(「あなたに“刺さる”かもしれない物語!」4選/文=藤田香織)