第5話結果

「結果は2票差で、柊麻衣さんの勝ちです」

司会の声が、講堂に響く。その瞬間――会場が、歓声に包まれた。

「うおおおおおお!」

「柊麻衣、さすがだ!」

「でも、金木もよかったぞ!」

様々な声が、爆発するように飛び交う。俺は――壇上に、立ち尽くしている。

(負けた……)

頭では、わかっていた。柊麻衣は強い。流暢に語り、観客を魅了する。俺は、吃りながら、必死に言葉を紡ぐしかできない。

でも――

(悔しい……)

涙が、込み上げてくる。こらえるのに、必死だ。歯を食いしばって、上を向く。天井が、滲んで見える。

(ああ……悔しいなぁ)

手の中の『青い鳥』が、やけに重い。あれだけ練習したのに。唯が、支えてくれたのに。村内先生の言葉を、信じたのに。

(やっぱり……俺には、無理だったのか……?)

そして――

これから、どうなるんだろう。賭け金を明確にしないまま、勝負が始まった。俺と唯は、これからどうなるのか。また、奴隷として……?いや、それよりも。

(唯……ごめん……)

俺のせいで、彼女を救えなかった。

舞台袖を見る。唯が、そこにいる。涙を流している。

でも――

笑顔だった。

(唯……?)

なぜ、笑っているんだ。俺は、負けたのに。唯のところに、駆け寄ろうとした時――

「金木くん」

背後から、声。柊麻衣だ。彼女が、壇上から降りてきた。

「ちょっと、待って」

柊麻衣の顔は、苦しそうだった。まるで、何かに耐えているような。

「今回の勝負、確かに私が勝った」

彼女は、俺を見る。

「票では、私の方が多かった」

「でも――」

柊麻衣は、何かを探すように、俺の目を見つめる。

「あなたの方が、本当に本を愛していた」

「え……?」

「あなたの方が、自分の言葉で語っていた」

柊麻衣は、首から何かを外す。小さな、銀色の鍵。

「だから――これで、二人の首輪を外しなさい」

彼女は、その鍵を、俺の手に握らせた。

「ど、どういう……?」

「私は、いつも勝つことばかり考えていた」

柊麻衣の声が、少し震える。

「流暢に話すこと」

「観客を魅了すること」

「票を集めること」

「でも――本当に大切なのは、そんなことじゃない」

彼女の目が、潤んでいる。

「本当に大切なのは――自分の言葉で、伝えること。それを、あなたが教えてくれたから」

俺は、鍵を見つめる。手が、震える。

(柊麻衣……)

彼女は、俺を認めてくれたのか。俺の、吃りながらの発表を。俺の、不完全な言葉を。

「あ、ありがとうございます……」

それだけ言って、俺は唯のところへ走った。

「ゆ、唯!」

唯は、涙を流しながら、でも笑っていた。

「先輩……」

「す、すごかったです……」

「先輩の言葉、ちゃんと届いてました……」

俺は、唯の首輪に鍵を差し込む。

カチャリ、と音がした。赤い首輪が、外れる。

唯の首から、あの屈辱の印が消える。

「ゆ、唯……」

「ありがとうございます、先輩」

唯は、泣きながら笑っている。そして、俺も自分の首輪に鍵を差し込んだ。カチャリ。二つの首輪が、床に落ちる。

乾いた音が、響く。もう、これを着けることはない。

俺は、柊麻衣の方を振り返った。

「あ、あの……」

彼女は、俺の手の中の『青い鳥』を見ている。

「その本、私も読んでみたくなった」

柊麻衣が、微笑む。いつもの冷たい笑顔じゃない。本当の、笑顔。

「ほ、本当ですか?」

「ええ。貸してくれる?」

俺は、頷いた。

「…もちろんです」

数日後。

俺と唯は、図書室で本を読んでいる。二人とも、もう首輪はない。自由な身だ。あの日以来、俺たちは毎日ここに来ている。本を読むために。

そして――

「先輩」

唯が、顔を上げる。

「私も、次のビブリオバトル、挑戦します」

俺は、驚いて唯を見た。

「ゆ、唯……」

「先輩が、自分の言葉で戦ったから」

唯の目は、真剣だ。

「私も、自分の言葉で戦いたいです」

「本の素晴らしさを、伝えたいです」

俺は、微笑む。

(唯……)

彼女は、変わった。あの日から、確かに変わった。

「が、頑張れ」

「て、手伝うよ」

「でで、でも、『人権』は、かけないでくれよ」

唯は、笑った。

「わかってます」

「私、先輩みたいに頑張ります」

その時――図書室のドアが開いた。柊麻衣だ。手には、『青い鳥』。

「読み終わったわ」

彼女は、俺たちの前に座る。

「いい本ね。村内先生、素敵だった」

「あ、ありがとうございます」

柊麻衣は、『青い鳥』をテーブルに置く。そして、俺を見た。

「あのね、金木くん」

「私も昔は、本が好きで」

「図書室に入り浸っていたの」

彼女の声が、少し懐かしそうだ。

「でも、いつの間にか、勝つことばかり考えていた」

「本の素晴らしさじゃなくて」

「どうやって観客を魅了するか」

「どうやって票を集めるか」

「そればかり、考えていた」

柊麻衣は、窓の外を見る。

「本当に大切なことを、忘れていた」

そして、俺を見て微笑んだ。

「あなたのおかげで、思い出したわ」

「ありがとう、金木くん」

「この本を、私に貸してくれて」

俺は、頷く。

(柊麻衣も……変わったんだ)

あの日から。あの勝負から。みんな、少しずつ変わっていく。

(俺は……やっと、自分の言葉で語れた。吃音はまだある。これからも、ずっとあるだろう。でも、それでいい。大事なのは、伝えたいという気持ちだ)

窓の外を見る。青い空。今日も、いい天気だ。

俺と唯は、並んで本を読む。

柊麻衣も、新しい本を開いている。三人とも、黙々と本を読んでいる。でも、その沈黙は心地いい。

本を愛する者同士の、静かな時間。

やがて、唯が本を閉じた。

「先輩、この本、すごくいいです」

「どんな本?」

「『西の魔女が死んだ』です」

唯は、嬉しそうに笑う。

「柊先輩に借りました」

柊麻衣も、微笑む。

「いい本でしょう?」

「はい!」

三人で、本について語り合う。吃りながらでも、俺は語る。『青い鳥』の素晴らしさを。村内先生の優しさを。唯も、『西の魔女が死んだ』について語る。柊麻衣も、最近読んだ本について語る。三人の間には、確かな絆がある。本を愛する者同士の、絆。お互いを支え合い、成長していく。それが――

俺たちの、新しい物語。

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ビブリオバトルでの成り上がり @daityan

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