第3話:「エッチができないからダメなんですか!?」と衆人環視で叫ばれた結果
翌日の放課後、校舎裏は夕陽に染まり、地面が淡い橙色に染め上げられていた。
風が少し強く、木々の葉がさらさらと揺れている。
その静かな空間に、正義と映子が向かい合って立っていた。
映子は制服の裾をそっと押さえながら、真剣な眼差しで正義を見つめる。
その黒い瞳は、昨日までよりもずっと強い意志を宿していた。
周囲には、噂を聞きつけた生徒たちが集まっていた。
映子は深く息を吸い、はっきりと言った。
「正義さん、改めてお伝えします。私と付き合ってください。私にはあなたが必要なんです」
「水鏡さんのような子にそう言ってもらえるなんて、光栄だよ。でも、前にも言った通り、俺は結婚を前提としたお付き合いしか考えられないんだ」
「確かに私はアンドロイドなので、婚姻届は受理されず、法律上の結婚はできません。しかし、事実婚という選択肢があります。愛し合っていれば、生涯を共にするという気持ちがあれば、形式にこだわる必要はないはずです」
正義は視線を落とし、弱く笑った。
「俺は異性にもてないから、ちゃんと籍を入れておかないと、結婚相手に逃げられてしまいそうで不安なんだよ」
映子は必死に訴える。
「私は絶対にあなたの傍を離れません! だから……私と、事実婚を前提に付き合ってください!」
「ありがとう。そう言ってもらえて、すごく嬉しい。けど……」
正義は頷くことなく、沈黙が流れる。
映子は不安に駆られたように叫んだ。
「……法律婚ができないことを理由にしていますが、本当は私に不満があって、それで断っているんですか? 不満があるなら直すので、遠慮なく言ってください!」
「水鏡さんは、まだ会って少ししか経ってないけど、いい子だし、不満なんてないよ」
「やはり私がアンドロイドだから……エッチができないからダメなんですか!?」
その瞬間、観衆が一斉に騒ぎ出した。
「体か! 狭間、お前結局体目当てだったのか!」
「ふざけんな! 水鏡さんが可哀想だろ!!」
「不潔よ! 狭間君最低!!」
正義は両手を振り上げ、必死に否定した。
「違う! 体目当てなんかじゃない!!」
観衆と映子に向けて、正義は大きく息を吸い、言葉を絞り出した。
「俺は何もいいところが無いし、水鏡さんみたいな素敵な子とは釣り合ってない。それはみんなわかってるはずだ。そんな俺に水鏡さんが好意を抱いてくれたのは、アンドロイドにとって過ごしやすい環境を用意することができるから……その一点に尽きるだろう」
映子は目を見開いた。
「正義さん……」
正義は続けた。
「そういう風に水鏡さんがプログラムされているんだとしたら、たまたま掃除をしていただけで選んでもらうのは、申し訳なく思うんだ。世の中には俺よりずっとカッコいい、掃除も得意な男がいる。だから、もっと色々な人を知って、水鏡さんに釣り合う人と付き合って……それで、幸せになってほしいんだよ」
映子はふっと微笑んだ。
その笑顔は、どこか人間らしい温かさを帯びていた。
「確かに私は、自分の任務遂行の助けとなる人間に好意を持つよう、プログラムされています。それが自分の利益になるからですが、その点は人間も変わらないと思っています」
正義は困ったように笑みを浮かべた。
「まあ、好みっていうのは、自分の利益になるかどうか……という考えもあるかも知れないな」
映子は静かに続けた。
「一方、私は先日、本来言ってはいけないのに、私が製造された理由を人前で言ってしまいました。これは一切私の利益にはならないことですが、あなたを守らなければいけないと思うと、ああして威嚇をするのを止めることができませんでした」
「内閣府の人、怒ってたもんな。ありがとう、危険を顧みずに俺のことを守ってくれて。あの後、怒られただろ」
「はい。でも、後悔はしていません。あの時私は、罰せられる可能性をわかっていながら、利害を無視した行動をしました。これはバグに近いことで……理由は私もわからないのですが、それだけあなたのことを好ましく感じたからだと思っています」
映子はそっと正義の手を取った。
その手は温かく、機械らしさを感じさせなかった。
「自信を持ってください。私はアンドロイドなので、本当の意味では人の気持ちはわかりませんが……私の人格データを作る元になった人格は存在します。あなたは優しくて、いつも最善を尽くそうとしてくれて……そんなあなたを好きになる人が必ずいるはずです」
「……そんなふうに言われたの、初めてだよ。俺なんかに、そこまで言ってくれるなんて……」
「私はあなたが好きです。私は人間のようにあなたの全ての望みには応えられませんが、結婚を前提にお付き合いいただけないでしょうか?」
正義はゆっくりと頷いた。
「ありがとう。君のような子に好きになってもらえたなら、誇らしいよ。結婚を前提に付き合おう」
映子は念を押すように言った。
「繰り返しになりますが、エッチなことはできません。いいですか?」
正義は笑った。
「いいよ。今こうして話していて、すごく嬉しいし、落ち着くんだ。この先ずっと二人で生きていけたら、きっと幸せだと思う」
映子は表情を輝かせ、正義に抱きついた。
「ありがとうございます! 一緒に幸せになりましょう!!」
観衆から盛大な拍手が起こった。
翌朝、映子の席に彼女の姿はなかった。
教師が前に立ち、静かに告げる。
「水鏡さんは、任務で転校することになった」
正義は机に突っ伏し、声にならない嘆きを漏らした。
クラスメイトたちも、誰一人笑わなかった。
「まあ待ちなさい。水鏡さんと入れ替わりで、転校生がいるから紹介しよう」
扉が開き、一人の少女が入ってきた。
映子とそっくりの顔立ちだが、髪色だけが淡い色に変わっている。
「水無鏡花(みずなし きょうか)です。よろしくお願いします」
正義は震える声で尋ねた。
「水鏡さんの……姉妹か親戚ですか?」
鏡花は柔らかく微笑んだ。
「製作者です。映子は私がプログラムを担当しました。海外の大学を飛び級で卒業し、巷では天才プログラマーと言われていますが、この度社会経験のために、日本の高校で学ばせていただくことになりました。年齢は皆さんと同じですので、鏡花とお呼びください」
正義は身を乗り出す。
「製作者……水鏡さんは、無事なんですか? 俺たちを守ったせいで罰せられたんだとしたら、ちゃんと状況を説明すればわかってもらえると思うんで、内閣府の方と話をさせてください」
鏡花は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、あの子を心配してくれて。大丈夫よ、正義さん。あなたの住む国を守るんだって、やる気満々で任務に就いてるわ」
正義は胸を撫で下ろした。
「無事ならよかった……」
「映子に会えなくなって、寂しい?」
「それはまあ。クラスメイトだし、結婚を前提にお付き合いすることになったばかりだし……」
「また会いたい?」
「会えるなら会いたい」
「よかったわ。ところで、あの子の人格データには、元となった人格があることは聞いているわよね?」
鏡花は一歩近づき、言葉を続けた。
「その元になった人格は、私の人格なのよ。あの子の目を通して、あなたのことをずっと見ていたわ。これからよろしくね、婚約者さん」
正義は固まった。
「え……? それはどういう……」
「あの子の人格は私の人格に、暗殺と潜入工作の知識と技術を加えて作られたの。基本的に映子と私は同じ……映子の好みは私の好みなのよ。あなたを幸せにすることで、映子とはちゃんと話がついているから、浮気にはならないわ。安心してちょうだい」
正義が戸惑っていると、鏡花は映子と同じようにその手を取った。
「一緒に幸せになりましょう。これも映子から聞いているとは思うけれど、変なことは無しよ。古臭いかもしれないけど、結婚するまでそういうのは一切してはいけないと、私は考えているので」
「あ、うん……それは構わないんだけど、突然すぎて理解が追い付かなくて……」
鏡花は少し目を細めた。
「まさか、アンドロイドから人間になったからって、好みじゃなくなったとは言わないでしょうね? 中身は同じよ? 結局あなたも外側が大事だと言うなら、軽蔑するわ」
正義は慌てて首を振った。
「いや、水無さんが水鏡さんと同じだって言うなら……きっと俺も好きだと思う。これからよろしく」
鏡花は満足そうに微笑んだ。
アンドロイドの恋は終わらない オータム @AutumnColor
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