ジョン・ドゥ
星野 淵(ほしの ふち)
第1話 ジョン・ドゥ
その部屋は、警備局の地下深くに設置されていた。専用のエレベーターでなければ到達できない場所。職員証、権限許可、虹彩認証、3つのチェックを済ませ、黒髪をアップで纏めた動きやすい服装の成瀬あやめ刑事は、扉の前にたっていた。ゆっくりと扉が開き、中から冷気が漏れてくる。軽く身震いした成瀬は、もう一度姿勢を正し、部屋の奥を青い瞳で見つめた。
黒い棺
そうとしか表現しようがない。棺には複数の管が接続されており、時間凍結という高度技術の実装を象徴していた。
「ジョン・ドゥ、起動」
成瀬は力強く発した。声を受けて、どこかで排気音が鳴り、管が明滅した。黒い棺にエネルギーが注ぎ込まれて、徐々に全体が白くなってゆくのを成瀬はじっと見つめた。棺が白い棺になったとき、蓋がズレ、中から強い光が生み出された。
ーー時間経過の副作用による発光だ。
片手で視界を庇いならが、成瀬は棺から目を逸らさない。棺にはやや小柄な30代と思しき短髪黒髪の男性が警察の制服を纏って寝ていた。彼はゆっくりと目を開くと、口を開いた。
「……5年ぶりですか。今回は長かったですね」
ゆっくり起き上がった彼と成瀬の視線がぶつかり合う。気合を入れた成瀬の視線と対照に彼の目にはなんの感情もなかった。
「あなたがジョン・ドゥね」
成瀬の確認する口調に、彼は制帽を被り直しながら答えた。
「懐かしい響きです。……ジョン・ドゥ、私はまた名無しに戻ったのでしたね」
郷愁に浸るような声だった。ジョン・ドゥとは、氏名不詳の遺体を指す。名無し。それが彼につけられた認証名なのだ。
「それより確認したいことがあるのですが、いいですか? 捜査官」
突然、ジョンの目つきが鋭くなり、成瀬はやや気圧されつつ、平然を装って口を開いた。
「何かしら?」
「起動プロトコルが守られていないのはどうしてですか?」
ジョンは室内を見まわし、成瀬に視線を戻した。
「監督者がいません。規定では必ず監督者立会のもと2名以上の捜査官が立ち会うはずです」
成瀬は一瞬怯んだが、やや俯き吐き捨てるように言った。
「……プロトコルより、あなたが怖いのよ。そして、私も」
「なるほど、込み入った事情がありそうですね。それは置いておきましょう」
ジョンは無表情になると、大きなため息をついた。
「捜査官、貴女はおいくつですか?」
突然の質問に成瀬は狼狽えた。”あの”ジョン・ドゥが年齢を聞いてくるなんて。
「に、24歳よ。問題でも?」
成瀬の答えを聞くと、ジョンは悲壮な表情になり、先ほどより大きなため息をついた。
「”バディ殺し”のジョン・ドゥのバディを申し出る年齢ではないでしょう。貴女以外に適格者はいないのですか?」
バディ殺し。それがジョン・ドゥの呼び名だ。これまで54件の事件に協力し、事件解決と引き換えに54名の捜査官が殉職した。ジョンは死に直接関係していない。いずれも間接的事象であり、ジョンは無罪を言い渡されている。しかし、実績の積み重なりにより、その事実は重くのしかかった。バディとして起動すれば、栄誉と同時に死が訪れる。5年間、ジョンが起動されなかった理由としては十分だった。
「……」
成瀬は視線を外し、答えなかった。それが答えだ。ジョンは頭を切り替えた。
「何にせよ、私は契約に従うまでです。どうするかは捜査官の権限です。決断を」
「契約するわ」
成瀬は支援AIによる”対象不明、危険察知”の警告を無視して、即答した。理不尽に争う、強い意志が目には溢れていた。戦場で幾度も見た視線だ。そう感じながらジョンは答えた。
「では、”名付け”を。それを持って契約完了とし、捜査官の事件解決まで支援をお約束します」
ジョンの促しに、成瀬は強くうなづくと告げた。
「私は、成瀬あやめ警部補。あなたを”方丈”と命名します!」
ジョンが24歳で警部補?という疑問を感じる間もなく、成瀬の言葉と同時にジョンとの間に秘匿通話回線が接続され、方丈の言葉が流れ込んできた。
《方丈ですか……意味はご存知……いや結構。出過ぎた真似をしました。それでは成瀬警部補。短いおつき合いになりますが、よろしくお願いします》
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ジョン・ドゥ 星野 淵(ほしの ふち) @AO1231
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