第2話 ランタン騒動2




そうして窓の外が暗くなっても、依頼されたランタンは直らなかった。どうしていいか分からなくて、天井を見上げている。


このまま失敗したら、この店を畳むしか無い。


「……いいえ、これくらいなら直せる。大丈夫。」


煤の付いた魔導石に指先をそっと触れながら、そう呟く。


「大丈夫なの?ティアが“これくらいなら”って言うとき、大抵失敗するよね。」

「そんなことありません!」


作業台のガラスに大きく揺れる帽子が反射している。


けれど――

今、目の前の修理状況は芳しくない。体の中の空気を吐き出して、祈るような気持ちでランタンを見つめる。カウンターのふちを両手で掴みながら、顔をランタンの高さまで下げる。


「構造は普通のランタンと同じなのに、なんで直らないんだろう」


クロエが小さく目を細める。


「……古い作りなのかもね。最近のランタンとは勝手が違う感じ」

「たしかにね。見かけないタイプだよ」


ランタンはほのかに光を放ちながら、弱々しく点滅している。


「私さ、諦めたくないんだ。うちに依頼に来るなんてきっと思い出の品なんだよ」


クロエが軽く尻尾を揺らす。同意のサインだ。

青白い光がまた揺らぎ、頼りなげに脈打つ。その小さな光が、どこか自分と重なって見えた。


作業台に残されたランタンをじっと見つめ、手の中で何度も魔導石をひっくり返す。焦げた金属の匂いが微かに漂い、夜の冷えた空気が薬草の香りと混じって鼻をくすぐる。


魔導陣を一度消す。床に書かれた緑の線は消え、薄い光が引いていく。

深呼吸をひとつ。

今度は丁寧に線を引き、先ほどとは違う文言を付け加える。

補助装置も外した。魔力は十分反応している気がしたからだ。

ランタンが、わずかに明るさを増す。

だが、それも一瞬で、すぐに頼りない点滅へ戻ってしまった。


「違うか」


呟く声が、静けさに吸い込まれていく。手元に集中しすぎたせいで肩がじんわりと痛み、目が霞む。


「魔導石が原因じゃないの?」

「たしかに経年劣化してるけど、使えなくなるくらいひどい状態には見えないんだよね。どちらかというと、魔力の流れが……そう、噛み合ってないように感じる」


魔導陣の上で、魔導石は弱く脈打っていた。


「明日、図書館に行って調べてみようかな」

「ランタンの修理方法なんて図書館にのってるわけ?」

「のってるかもよ?それに、このランタンは古いけど外側の作りはシンプル。たぶん何世代か前の量産品なんだと思う。ということはさ、何処かに目録があると思うんだよね。」


目の前の黒猫がご機嫌そうにゴロゴロと鳴く。こういうところは普通の猫らしい。


「なるほどね。そこに設計書でものっていたら最高じゃないの」

「そういうこと!なにかヒントでもあればいいな。そしてギルドの更新料を払いたい!」

「はいはい。この街の領主様が図書館を一般開放してる変わり者でよかったね。明日早速行ってみようじゃないか。だから――直すのは明日にしなよ」


鞭のような黒い尻尾がカウンターを叩いた。


「もう遅いし、無理し過ぎは体に毒。休まないと明日また失敗するよ。それに…長く触ると危険。分かってるでしょ?」

「でもさ……」


と反論しかけ、目に痛みが走った。

まだ春を迎えたばかりで冷たい夜の空気が漂う。視線に促されるようにランタンをそっと作業台に戻す。

チラチラと目の奥で炎が揺らめく感覚がする。視界の端で、ランタンの輪郭が一瞬だけ歪んだ。近頃は「追憶」を使いすぎた。

こうなったら私は休むしかない。そういう約束だ。

クロエは満足そうに頷くと、再び窓辺に向かう。黒猫のシルエットが月明かりに照らされ、長い影が床に落ちる。


静かに作業台を片付け、夜の静寂に耳を傾けた。続きは明日。やるべきことは山積みだが、今日という一日は終わりを迎える。


「ランタン、直るかな…」


クロエはなにも答えない。

窓を打ち付ける風の音を聞きながら痛む眼を枕に押し付けた。

あの揺らぎが、疲れのせいだけとは思えなかった。



街の市場は目覚めたばかりだ。


まだ低い位置にある太陽の光が、石畳を薄く照らしている。朝の空気は澄んでいて何となく背筋が伸びる。そんな中、市場全体を叩き起こすような声が響いた。


「ほら、あんたたち! 邪魔になるなら端っこに寄りな!」


その声にハッとして目を向けた。

茶色い髪を後ろでまとめた堂々たる体格のマルタが、観光客たちを鋭い目でさばき、時折落雷のように笑いながら市場を仕切っている。彼女の威勢のよい声がこの市場の名物の一つだ。


「おや、ティアじゃないか!」


私たちが近づくと、マルタさんは大きく手を振った。


「おはようございます、マルタさん。」


軽く頭を下げる。隣ではクロエが尻尾をゆっくり揺らし、胡乱げにマルタさんを見上げている。マルタさんは隙あらばクロエを抱きしめようとするので警戒しているのだ。

ダンジョンが新しく見つかり、急速に発展しているこの街は実に様々な人々が入り乱れる。

もちろん、自分もそのうちの一人だ。


「今日は何か探し物かい? また変な道具でも直す気なのかね。」


からからと笑う声に思わず口の端が緩む。


「変じゃないですよ。ちゃんとしたお仕事です。」

軽く抗議すると、マルタさんはさらに大きな声で笑い、近くにいた商人たちもつられて顔を上げた。


この街に来たばかりの頃、マルタさんが一番に声を掛けてくれたのだ。新しい店ができるのは市場にとっていいことだなんて、笑ってくれたっけ。

新参者が増えれば揉め事も増える。この街はそういう場所でもあった。領主様も頭を悩ませていると聞くし、私としても揉め事は避けたい。

そんな街なので、彼女は若い魔女の自分を色々と気にかけてくれる。そしてついでに使い魔の黒猫で癒やされようというわけだ。


「そりゃいいね。で、朝ごはんは食べてきたかい?」


クロエに向かって手を伸ばす。その手を液体のように躱し、私の足元に隠れるクロエ。背中が丸まっている。

それを残念そうに見ながら、市場の名物女将は大きなバスケットを指差した。中には、渦巻き状に焼き上げられたスパイラルパイが香ばしい匂いを放ちながら並んでいた。バターの香りが風に乗り、鼻先をくすぐる。


「ほら、これでも食べていきなよ。頭を働かせるには腹ごしらえが必要だよ。」

「うわぁ、いい匂い……」


思わず目を細めてスパイラルパイを見つめた。キツネ色に焼き上がった生地に砂糖がまぶされて輝き、中にはミーロとシナモンの甘い香りが詰まっている。こういうお菓子は田舎ではなかなかお目にかかれない代物だ。


「いい匂いだね。」

クロエもクンクンと鼻を鳴らして呟く。

思わず手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。今は仕事が先だ。


「ありがとうございます、マルタさん。でも、今はちょっと……用事があって。」

控えめに断ると、残念そうな顔をしたがすぐに笑顔を浮かべて頷いた。


「そうかい。じゃあ、また今度寄りな。焼きたてを取っておいてやるからさ。」

「はい、必ず来ます!」


スパイラルパイを思い浮かべるだけで、口の中にあの果肉いっぱいの味が広がる。

パイを頬張る自分を想像しながら歩き出す。

振り返ると、マルタさんが新しいお客を相手に自慢のパイを売り込んでいた。

私はくすりと笑いながら、歩みを早めた。風に乗ってパイの香ばしい匂いが追いかけてくる。それをなんとか振り払い顔を引き締めた。しっかり仕事をして、しっかり食べる。

不調なときの修理は、うまく行った試しがない。

…いや、違う。あれ体が言うことを聞かなかっただけ。

腰に下げたランタンが太陽の光を鋭く反射しながら左右に揺れる。


「図書館は北区のほうだったよね」

「そうそう。エレナが働いているところだよ」


人の声がさっきより大きくなった。既にちらほら人だかりのできている店もある。多くはこの街の住民だが、荒っぽい足音を立てる集団もいる。こんな時間に冒険者が市場にいるなんて珍しい。

ところどころほつれた革鎧はふちに大きく切れ込みが入っていて、腰には剣を下げている。柄には手の跡が残っていて、手入れが大変そうだ。

革鎧の一団は、店先の店を舐めるように見て回っている。店主に何か聞き込み首を振られては荒っぽく通り過ぎていく。


私は図書館の方向に足を向けながら、他の店をそれとなく伺う。

朝の喧騒が背中を叩いた。



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魔法道具は今日も静かに夢を見る カナ山 @shibaquest

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