桜と共に去り行く



 やがて日は沈み、夜がやって来た。

 暗くなった町の中を、俺は口笛を吹きながら歩く。

 ふと、空を見上げてみれば、そこには何も無い。真っ暗な世界だ。

 今日は新月の夜。仕事をするには、絶好の日だぜ。


 そうしてやって来たのは、とある雑居ビルの前。

 裏の情報網を駆使して探った結果、ここの2階が奴らの根城なんだとさ。

 性根の腐った奴らが住むには、随分と立派な建物だ。


 俺はビルの中に入ると、階段をゆっくりと上がり、2階の廊下へ足を踏み入れる。

 この階には事務所が1件あるだけ。だから、その扉の前まで真っ直ぐ歩く。

 扉の横に貼られたプレートには、適当な会社名。どうせ実体なんてありゃしない。表向きの顔ってやつだ。


「……さてと。じゃあ、やりますか」


 俺は深く息を吐き、テンガロンハットのつばを軽く下げる。

 そして――勢いよく、その扉を蹴破った。

 バン、と豪快な音が鳴り響く。中にいた全員が、一斉にこっちを見た。

 んー、1、2、3……この部屋にいるのは、全部で6人か。


「な、なんだ、てめえはっ!?」


 その内の1人、昼間に会ったゴリラが声を張り上げた。


「通りすがりの風来坊だよ。覚えておきな」


 俺は飄々とした態度で、そう答えた。

 すると、俺に向かって突っ込んでくる3人の男ども。

 おいおい、狭い室内で一斉に襲い掛かったところで、邪魔なだけだろ。


 先頭にいる男が俺に殴り掛かってくる。

 俺はそれを紙一重で避け、その腕を掴んだ。


「遅すぎる。欠伸が出るぜ」


 勢いそのままに、その男の体を引き込む。


「よい、しょっ!」


 そしてそのまま放り投げるように、背負い投げを決めてやった。

 後続の2人目を巻き込みながら仲良く壁に衝突し、倒れ込む。


「こ、この野郎!」


 残った1人がガラス製の灰皿片手に突進してきた。

 振り下ろしてきたその手を、俺は余裕で受け止める。


「だから、遅いって言ってんだよ」


 隙が生まれたところで、鳩尾に蹴りを一撃。

 相手は苦悶の声を上げながら崩れ落ち、灰皿が手から零れ落ちる。

 それを空中でキャッチ。すかさず奥にいるゴリラ目掛けて投げつけた。


「なっ……ごべっ!?」


 顔面直撃。呻き声を上げるゴリラを尻目に、俺は残る男たちに素早く接近する。

 1人は顎を下から打ち抜き、そのまま蹴り飛ばして倒す。

 もう1人は掴みかかろうとしてきたので、逆に引き寄せて頭突きを一発。

 これで一気に6人を制圧。まったく手応えが無さすぎるぜ。


 俺は顔を押さえて悶えているゴリラに近付くと、そのまま胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「なあ、蛇はどこだ?」


「へ、蛇……? お前、何を――」


「上の奴はどこかって聞いてんだ。早く答えろ」


 キュッと襟を締め上げると、ゴリラが苦しそうな呻き声をあげる。

 そしてしばらくすると、震える手で、奥の扉を指さした。


「あっち……あっちの部屋、だ……」


「そっか。ありがとよ」


 その言葉を聞くと、俺はパッと手を離した。

 ああ、そうだ。ついでに金的を蹴り上げておいた。


「ひぎゃっ!?」


 股間を抑えながら崩れ落ちるゴリラ。

 それを一瞥した後、俺は奥の扉へと歩いていき……そしてまた蹴破った。


「……随分と騒がしいとは思いましたが、まさか襲撃者とは」


 部屋の奥、デスクの向こうに腰掛けた蛇が値踏みするように俺を見てくる。


「よう、久しぶり」


 俺はニヤリと笑い、軽く手を上げてみせる。

 すると、蛇は何かを思い出したかのように、大きく目を見開いた。


「あなたは確か、昼間の……」


「なんだ、覚えていてくれたのか。そいつは光栄だ」


 俺は帽子の位置を直しながら、肩を竦めてみせた。

 それを見た蛇はゆっくりと椅子から立ち上がると、細い目で俺を睨んできた。


「それで、用件はなんですか?」


「簡単な話だ。あの店……いや、ここら一帯の土地買収から手を引け」


「……それは無理な相談ですね」


 即答だった。まぁ、分かってはいたが。


「こちらもビジネスですから。簡単に引くことはできませんよ。それに――」


 蛇は懐に手を伸ばすと、そこから拳銃を取り出し、銃口をこちらに向けてきた。


「あなたの言い分など、聞く必要はまるでない」


「……随分と物騒な物をお持ちで」


「護身用ですよ」


 そう言いながら、蛇は銃の安全装置を外す。

 明らかに俺を殺す気満々といったところだな。


「しかし、あなたも馬鹿ですね。こんなことに首を突っ込まなければ、死なずに済んだものを」


「おいおい、勝手に決めつけんなよ。まだ死んだわけじゃねぇってのに」


「いえ、死ぬんですよ。今、これからね」


 蛇はそう言うと、銃の照準を俺の額に合わせる。それから躊躇なく引き金を引いた。

 ダン――と、乾いた銃声と共に、銃弾が放たれる。真っ直ぐこちらに向かって飛んでくる。

 それを俺は――弾道を読んで、首を軽く傾けることで回避した。


「……は?」


 間の抜けた声を漏らす蛇。その隙を俺は見逃さない。

 瞬時に俺は駆け出して、蛇に急接近する。

 そしてすぐ近くまで迫ると、その手に持つ拳銃を蹴り上げた。

 宙を舞う拳銃。それが床に落ち、滑っていく。


「なっ……!?」


 蛇が驚愕に目を見開く。

 その瞬間、俺は――


「おらよっ!」


 渾身の右ストレートを顔面に叩き込んでやった。


「がっ――」


 鈍い衝撃音。同時に吹っ飛ぶ蛇の身体。

 そしてそのまま背中から壁に激突し、ズルズルと床に沈んでいった。


「馬鹿にすんなよ。拳銃如きで俺を殺せると思ったら大間違いだぜ」


 ひらひらと右手を揺らしながら、俺は倒れ伏す蛇を見下ろす。

 まったく、大した相手じゃなかったな。まあ、三下相手ならこんなもんか。

 こいつも所詮、人の弱みに付け込むだけの小悪党ってわけだ。


「さてと。ここまでやったら、後は……」


 俺は机の上にある電話を使い、110番に通報する。

 それで警察が駆けつけ、いろいろと証拠を押さえてくれれば、こいつらは終わりだろう。

 後は知らん。好きに裁かれればいいさ。せいぜい、自分たちが犯した罪でも数えるといい。


 そして俺は警察がやってくる前に、事務所から出て、雑居ビルを後にした。

 仕事が済んだら、さっさと退散。それが俺の流儀ってもんよ。




 ******




 数日後。俺は今日も変わらず重いリュックを背負い、商店街へとやって来ていた。

 初めてここに来た時は寂れた印象だったが、何だか少し活気が戻った気がする。

 そんなことを考えながら歩いていると、おっちゃんの店の前に到着した。


 店の中からは相変わらずのいい匂いが漂ってきている。

 加えて、ワイワイと賑やかな声が響いてきていた。


 窓から中の様子を覗いてみると、大勢の客の姿が見えた。しかも満席となっている。

 みんな美味しそうにラーメンを食べている。おっちゃんも笑顔を浮かべて、楽しそうにラーメンを作っているところだった。


「……良かったな、おっちゃん」


 この店はきっとこの先も、繁盛し続けるだろうな。

 俺はテンガロンハットを深く被り直すと、その場から静かに立ち去った。

 最後に立ち寄っても良かったが、それは何だか野暮な気がしたのだ。

 別れはこの間に済ませた。だから、それでいい。


 そうして俺は商店街を抜けて、次の町へと続く道を歩いていく。

 街路樹に桜が植えられていて、道の脇には散った花びらが積み重なっていた。

 立ち止まって見上げてみると、桜の木には花がほとんど残っていない。

 その代わり、新たに緑色の葉っぱが芽吹き出していた。


「あの商店街と同じで、新たな始まりって感じだな」


 風が吹き抜けた。それと一緒に道端の桜の花びらが宙に舞った。

 ひらり、ひらりと舞い上がる姿は儚くも美しく見えた。


「桜が散るように、俺も去るってか。……悪くねぇな」


 テンガロンハットのつばを指で弾き、俺は再び歩き出した。

 行き先なんて決めちゃいない。ただ、風が吹く方へ行くだけだ。


「この俺を必要とする人間は、まだまだ沢山いる」


 自分の力が必要な場所があるなら、そこが俺の居場所だ。

 困っている誰かを手助けする為、クールで粋なナイスガイは今日も旅をする。

 それが、流翔馬という男の生き様だからな。



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【お題フェス11手】さすらいのナイスガイ~流れの風来坊~ 八木崎 @phoenix_yagisaki753

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