第6話 質問票30ページ、改訂版60ページ



結論から言うと、上限は“上限の定義”が曖昧な瞬間に崩壊する。

対策委員会——正式名称「論崎研究対策委員会」は発足した。

発足した瞬間、委員会は目的を必要とする。目的ができた瞬間、数値目標が必要になる。数値目標ができた瞬間、上限が生まれる。

上限が生まれた瞬間、私は抜け道を探す。

これは倫理ではない。これは自然だ。

川に石を置けば水は迂回する。

私を止めようとすれば、私は迂回する。

昼休み、対策委員会の第一回“実務”会議が開かれた。場所は生徒会室。

机の上には、久世透の目の下のクマと、真田恒一の分厚い資料と、笹峰研志のスマホと、日向碧人の胃薬が並んでいた。

並んでいるものは議題である。私は観察して結論を出した。

本日の議題は「質問票のページ数規制」である。

久世がホワイトボードに書いた。

『質問票:10ページまで』

日向が拍手した。

「それ! それだよ! 三十は多い! 十なら生きられる!」

真田が頷いた。

「ページ数上限は明確で良いと思います。運用のためには、ページの定義——」

久世が即座に遮った。

「定義すんな!」

真田が真顔で言った。

「定義しないと抜け道が——」

私は手を挙げた。

「あります」

久世が机に頭をぶつけた。

机は合板。耐久性は良好。久世の頭も良好だが、精神は不明。

「もう黙れ!」

「黙ると会議が非効率です」

「効率で世界を壊すな!」

私は笑顔を維持した。

笑顔は委員会における“平和的参加”のシグナルである。平和的参加は、私が追い出されないために重要だ。

久世が言った。

「いいか論崎。今後、お前が配るアンケート、質問票、調査票、なんでもいい。紙は10ページまでだ」

「承知しました」

「“承知しました”は信用できない」

「信用は、実績によって形成されます」

「形成すんな!」

私は内心、少し嬉しかった。

ページ数上限が設定されると、工夫の余地が生まれる。工夫は創造だ。創造は研究者のご飯である。

会議の結論は、こうなった。

質問票は10ページまで


文字サイズを小さくするのは禁止(真田案)


両面印刷は禁止(久世が「倍になるだろ!」と言ったため)


電子化は禁止(笹峰が「Googleフォームなら無限!」と言い出して即座に潰された)


付録は禁止……のはずだったが「付録の定義」で揉めて保留


保留は穴である。

穴は私が通るために存在する。

私は会議終了後、教室に戻り、ノートに書いた。

『制約:紙10ページ(文字サイズ・両面・電子不可)』

『穴:付録の定義が未確定』

『目的:情報量を増やす(再現性の確保)』

そして私は結論を出した。

ページ数を増やせないなら、情報量の構造を変えれば良い。

翌日。

私は「質問票10ページ」を提出した。堂々と。

表紙に太字で書く。

『論崎理央式:簡易質問票(本文10ページ)』

久世透がそれを見て、目を細めた。

「……“本文”って何だ」

「本文です」

「本文って書いた瞬間に付録があるだろ」

「あります」

久世が叫んだ。

「あるな!!」

私は笑顔で続けた。

「付録は、質問票ではありません。参考資料です」

「参考資料を配るな!」

「参考資料がないと誤解が生まれます。誤解はデータの敵です」

「データの敵とか知らねえ!」

私は日向碧人に渡した。

彼は恐る恐る受け取り、ページをめくった。

「……え、ほんとに十ページ……?」

「はい」

日向は一瞬だけ安心した。

安心は油断を生む。油断は落とし穴を生む。

私は続けて、別の束を差し出した。

「こちらが参考資料です」

日向が震える声で聞いた。

「……何ページ……?」

「資料はページでは数えません。束で数えます」

「束で数えるな!!」

参考資料は三種類あった。

付録A:用語定義集(12ページ)

「優しさ」「配慮」「距離感」「恋愛」「逆ハーレム」など、曖昧語を排除するための定義リスト。


付録B:回答例集(18ページ)

書き方がわからない人のために、良い回答・悪い回答の例を掲載。


付録C:チェックリスト(20ページ)

回答の一貫性を確認するための自己採点表。


合計50ページ。

本文10ページと合わせて60ページ。

私は満足した。

情報量は確保された。しかも本文は10ページである。規制遵守だ。

久世透が紙の山を見て、静かに言った。

「……論崎」

「はい」

「お前さ……」

久世は言葉を探した。

探した末に、最も正確な表現を選んだ。

「紙の束で殴るな」

私は首を傾げた。

「殴っていません。配布です」

日向が叫んだ。

「殴ってる! 精神を殴ってる!」

真田恒一が資料をめくり、真顔で言った。

「用語定義は有用ですが……これ、実質的に質問票と同等では」

「同等ではありません」

私は即答した。

「質問票は質問です。これは定義です」

真田が口を開けたまま止まった。

硬直0.7秒。真田の硬直は稀である。稀な硬直は価値が高い。私は記録した。

笹峰研志が拍手した。

「天才! ページ上限の抜け道、こう来ましたか! 情報量の外部化!」

久世が笹峰を睨んだ。

「褒めるな」

「でも美しいですよ!」

「美しくねえ!」

私は淡々と次の段階に進んだ。

配布だけではデータは取れない。回答を回収しなければならない。

「では、回答期限は本日放課後までです」

日向が倒れた。

「放課後!? 六十ページで放課後!? 無理だって!」

「本文は10ページです」

「付録が攻撃なんだよ!」

私は補足した。

「付録は任意です」

久世が叫んだ。

「任意は任意じゃないの知ってるぞ!!」

私は少し考え、結論を調整した。

「では、付録は“推奨”にします」

「推奨もアウトだろ!」

放課後。

生徒会室に苦情が殺到した。

正確には、久世透の元に苦情が殺到した。私は原因だが、苦情の受け皿は別変数である。久世が受け皿だ。いつも通りだ。

久世は対策委員会を招集した。

机には、私の配布した「参考資料」が積み上がっている。被害証拠である。

久世がホワイトボードに書いた。

『追加規制案:紙の束禁止』

真田が言った。

「束の定義を——」

久世が遮った。

「定義すんな!」

笹峰が手を挙げた。

「じゃあクリアファイル禁止にします? 束がファイルで固定されますし」

「お前は黙れ!」

日向が半泣きで言った。

「もう、紙やめて……」

私は静かに提案した。

「電子化は禁止でしたね」

久世が即答した。

「禁止だ」

「では、音声で配布します」

久世が固まった。

「……は?」

「校内放送で読み上げます。ページがありません」

生徒会室が沈黙した。

沈黙は未来の悲鳴の前兆である。私は記録した。

久世が震える声で言った。

「論崎」

「はい」

「頼むから、ページで止めてくれ」

私は頷いた。

「結論から言うと、検討します」

「検討で終わってくれ!」

私はノートに書いた。

『規制:ページ→束へ拡張の兆候』

『次の抜け道候補:音声配布/掲示物の分割/連載形式』

『備考:久世透の寿命がさらに縮む』

結論から言うと、10ページ規制は、60ページを生んだ。

規制は現象を止めない。

規制は現象を進化させる。

私は進化を、淡々と観察している。

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2026年1月20日 12:00
2026年1月20日 18:00
2026年1月21日 12:00

『逆ハーレム論における成功確率』 @antomopapa

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