磯で拾った人面タコと、飯を食う日記
小倉
タコ人魚邂逅日記
◯月◯日
晴れ。
天気がいいので磯釣りをしていたら、変なタコを拾った。
今日は中々釣果が上がらなかった。また餌だけ取られてしまったので、よそ見をしながら釣り餌のオキアミの入った箱に手を突っ込んだら、途端にぶにっと変な感触がして体が跳ね上がった。とりあえず掴んで引っ張り出すと、変なタコが逆さにぶら下がっている。下半分は見慣れたタコの足で、上半分はなんというか、人形みたいに丸っこい人間の形をしていた。
ぶらんと両腕を下げ、つぶらな目でこちらを見上げてくる。手のひらに乗るくらいの大きさのそれは、掴まれている間も他の触腕を動かし、タコの口部分にオキアミを押し込むのをやめなかった。
箱の中を確認すると、多めに入れてきたオキアミがほとんどなくなっている。全部このタコに食われたらしい。この体のどこに入ってんだ。食いしん坊のアミ泥棒め。
しかし、どうみても腕の生えた人面のタコだ。俺は頭がおかしくなったのかもしれない。高校は春休み中だし、両親は日本一周クルーズに乗るとかであと半月は帰ってこない。近所の人たちは、本島で湯治をしてくるからしばらく留守にすると、ついさっき言い残して出かけていった。俺が正気かどうかを証明できる人間が、今はいないということだ。
とりあえず、人面タコはクーラーボックスに入れて持ち帰り、海水ごと小さな水槽に移しておいた。腕を前に伸ばし、短い髪をそよがせながらすいすいと泳ぎ回る姿は中々にかわいい。金魚鉢の底をもちもちと這い回る姿も悪くない。オキアミを入れていた箱を洗って底に沈めてやったら、さっそく中に収まって眠り始めた。
さて、誰か他の人間が来るまでの数日、こいつが生きているといいけど。普通のタコに見えると言われたら、俺は本島の病院にかかるつもりだ。荷物はしっかりまとめておこう。
夕食には、今日釣ったメジナの唐揚げで甘酢あんかけ丼を作った。箱の隙間からやたらタコの視線を感じたが、気のせいということにして完食した。白身が柔らかくてホロホロで、あんかけの馴染んだ白米にまぶすと美味しかった。
◯月◯日
晴れ。
目が覚めてもタコは水槽の中にいた。どうやら一日限りの幻覚ではなかったようだ。とりあえず餌のオキアミを入れてその辺にあった板でおぼんで蓋をしてからテーブルの上に置き、朝ごはんの支度をする。メニューは白飯にあおさ汁、だし巻き卵にゆでてから蒸し焼きにした特製ウインナーだ。親のいない内に通販でこっそり仕入れ、冷蔵庫で眠らせていた一品だ。その分値は張ったけど、きっと価値がある。
調理中にちらりと目をやれば、もうオキアミを食い終わったタコが、ガラスに張り付くようにしてこちらを見ていた。顔面も両手も吸盤も張り付けて、黒い瞳でじいっと見つめてくるその姿には気圧されるものがある。まぁ所詮タコだから気にしないけれど。
さっさと皿を並べて、タコの動きを眺めながら箸を持った。
結果から言うと、特製ウインナーは最高に美味かった。パツンと噛み切れる食感に、熱々の肉汁がたまらなく白飯に合う。3杯おかわりしたが、正直足りないくらいだ。今度は水で溶いた小麦粉で餅を作り、それで巻いて食べてみよう。楽しみが増えた。
夢中で平らげて手を合わせ、水槽を見ればタコがこちらをガン見していた。眉間にしわを寄せ、ぺたぺた、ぷちぷちと触腕をガラス面に貼り付けたりはがしたりしている。吸盤の大きさも配列も不揃いだから、こいつは雄だな。同じ飯を食いたそうな顔をしている気がするけれど、やらない方がいいだろう。人間の食べるものは塩分も油分も多いからな。あいさつ代わりにガラスを一撫でして、釣り竿とクーラーボックスを持って外に出た。
今日は刺身とあら汁が食べたい気分だ。いい魚、捕れるといいな。
◯月◯日
曇りのち雨。
タコを見ながら飯を食うのが日課になった。毎度毎度べったりガラス面に張り付くので、若干の食いづらさも覚えてきた。試しに、マダイのムニエルの内側部分を取り分けて見せてやったら、ものすごい勢いで食いついてきた。わざわざ触腕を腕に絡みつかせてから両手を使って引っ張り、しっかりと抱えたまま水槽の底へ潜っていく。見せびらかすつもりだと思われたのだろうか。タコの体と比べれば大きい欠片をどうするのかと見守っていれば、あぐ、とそのままかじりついたので思わず声が出た。人間と同じ場所、同じ形の口で。もむもむと咀嚼する姿も、小さい舌で口元をぺろりとなめる仕草もおおよそタコのものとは思えない。なんだこいつは。
本当にこの姿なのか、めちゃくちゃリアルな幻覚なのか。判断できずに唸っていれば、いつの間にか完食したタコは、膨れたお腹を満足そうにさすって箱の中に引っ込んでいった。
凪いだ水面にはわずかながら油が浮かんでいる。今度からお裾分けをやる時には水槽から出してやろう。水換えが面倒だからな。
◯月◯日
晴れのちくもり。
タコの水槽に、遊び道具が増えていった。といっても、浜辺で拾った面白そうなものを勝手に水槽へ入れているだけだが。タコはそこそこ楽しく遊んでいるようだ。
今は小さなシャコガイの殻をかぶり、体を縮めて臨戦態勢を取っている。
誘うようにちらちらとこちらをうかがっているので、暇潰しにハマグリの殻を指先でつついてやった。するとタコは、触腕を何本も伸ばして応戦し始めた。殻で頭を守りながら触腕の先を丸め、俺の手を攻撃してくる。ぶにぶにと弾力があって、痛くはない。
しばらく続けていれば飽きが来たようで、シャコガイの殻をひょいと投げ捨て、箱の中へ戻っていった。気まぐれな奴め。
今日は大きいイカが釣れた。ゲソは塩焼きに、身はイカそうめんにして、あとはすり潰して揚げ団子にした。
庭のスダチを絞ったゲソはむちむちとした食感で身が甘く、いくらでも入りそうだ。
イカそうめんは噛む内にねっとりと溶け、甘みと旨味だけを残してなくなってしまう。
揚げたてのイカ団子は、もう裏切らない味だ。油と出会った柔らかいイカの味は何とも抗いがたい。夢中で箸を伸ばし、白米をかき込んだ。
その内タコが水槽から這い出てきたので掴み上げてタオルの上に置き、取り分けておいたゲソ焼きとイカそうめん、焼いただけのイカ団子を出してやった。
さっそく両手で掴んではぐはぐと口に押し込む姿は中々見応えがある。美味そうに食うな、こいつ。作りがいも食わせがいもあるってもんだ。
◯月◯日
くもりのち小雨。
タコの足が1本取れた。シャコガイの殻を振り回して遊んでいる内に、どこかへぶつけてしまったらしい。
タコはピクピクと蠢くそれをしばらく見つめた後、おもむろに引っ掴み、あろうことかこちらへ差し出してきた。どことなくキラキラした目で見つめてくる。美味い料理にしてくれってか。もしかしてこいつ、自我の境界がわからないのかもしれない。
それでも手の内で動くそれは完璧にタコの足だ。海に捨てるのももったいないし、釣り餌にするのは気が引ける。仕方がないので、洗って塩もみして一口大に切り、薄衣の唐揚げにした。食感は柔らかく、小ダコながら中々旨味があった。大人なら酒の一杯でもほしくなる場面か。
タコが指をくわえて見ていたから、試しに一つ渡してみた。うまそうにむさぼり食った上に、おかわりまで要求してきた。確かにタコは自分の足を食うらしいが、こんなにフランクでいいのか。
後片付けを終えた後もやたらタコの視線を感じたが、見つめ返していればその内何かを諦めたように箱へ戻っていった。何だったんだ。
◯月◯日
晴れのち雨。
タコは相変わらずそこにいる。大きくなって、少し太った気がする。色んなものを与えたからか、成長が早いようだ。
下半身は正しくタコの手触りだが、肌のように見える上半身の皮膚は柔らかく、もっちりと吸い付くような感触だ。
むちむちと頬を指で摘まんでいたら、タコは不服そうな顔をして、手に触腕を絡めてきた。どうやら捕縛したつもりらしい。得意げに鼻を鳴らす仕草を見せてきたけれど、指先で腹をくすぐったらケラケラと笑いながら水面へ滑り落ちていった。跳ねた水を拭いている内に、タコは箱へと這い込んでいた。
今日はいいブリが釣れたから、カルパッチョと煮付けにして、カマを塩焼きにする。魚尽くしでも飽きが来るので、あおさのみそ汁を用意した。あらは下処理をして冷凍しておいた。
食事の支度が済んだあと、タコ用の分を皿に盛り付けていく。と言っても、調味料があまり染みていない部分だけだ。小皿へ良い感じに配置して、最後は米も少しだけ添えてタコの前に出す。
金魚鉢から這い出してきたタコは用意したタオルで手と触腕を拭くと定位置に座り込み、いつも通り両手で掴んで頬張り始めた。
タコだからか物覚えがいい。その内いただきますも仕込みたいところだ。
◯月◯日
昼寝をしていたら、やたら苦しくて目が覚めた。口の中に何かが詰め込まれている。慌てて引っぱり出すと、唾液でぬとりと濡れたタコがものすごい格好でずるずると出てきた。タコは驚いたような不服そうな顔で触腕をうねらせていた。床を見れば金魚鉢から俺の口元まで水の跡がある。どうやらまた脱走して、俺の口に滑り込んだらしい。
蛸壺じゃねぇんだぞ。動悸の収まらない胸を押さえて口の中の生臭さに辟易しながら、タコを吊るして水場に向かう。タコは真水に弱いので、水道で直洗いできないのが面倒な所だ。ピッチャーで水を量り、塩を入れて混ぜてそこに入れてしっかり洗ってやった。下ごしらえの気分だ。
タオルで少し水気を切ったタコは、なぜか不満そうだった。下手したらそのまま噛まれていたのにその反応はおかしいだろ。
◯月◯日
小雨のち雨。
今日は釣りに行けないから、冷凍庫整理の日だ。
魚のあらはあら汁に。ブリの半身は水分をしっかり取ってから西京漬けに。イカの揚げ団子は解凍してから青菜と合わせ、揚げびたしにした。食べ切れない分は、常備菜に回すか。ウインナーはまだ賞味期限まで何日かあるので、そのまましまっておいた。その内一袋分全部焼いて、贅沢に食べ切ってしまおう。
そろそろ昼食の時間だが、さっきから何となく腰が痛い。朝から動きすぎたのかもしれない。湿布を貼り、ソファへ横になった。
疲れてはいないが、横になっているせいか瞼が落ちてくる。まぁまだ時間もあるし、少し昼寝をするのも悪くないか。
暗くなる視界に、タコの水槽がちらりと映った。タコらしき影はぺったりとガラスに貼り付き、こちらを眺めているようだ。もう脱走はするなよ。独り言のように呟いた所で、意識が闇に落ちた。
***
胸が痛い。いや、背中。右肩がものすごく痛い。スマホが遠い。痛みのあまり声が出ない。ソファから転がり落ちた衝撃も、よくわからない。息もできずに胸を掻きむしり、その場で悶えることしかできない。
一体何が起きているのか、理解できずに唯一動く視線をさまよわせる。すると、赤く滲む視界に、手のひら大の塊が映り込んだ。
なぜか目の前にいるタコは、感情の読めない目でこちらをのぞいてくる。助け、呼んでくれ。浅い呼吸のすき間に口パクで伝えるが、タコにわかるはずもない。段々痛みがわからなくなってくる。意識も遠くなり、視界がぼやけていく。呼吸すらできているのか、もうわからない。くそ、俺の人生こんな所で終わりか。
半ば諦めて息を吐けば、力の抜けた口にぬるっとした何かが押し込まれた。生臭い気がするが、押し返す気力もない。焦点の合わない視界は、紫っぽい何かでいっぱいだった。なんだこれは。疑問に思ったのも束の間、急に誰かの声が聞こえた。
《かめ。かんでのみこめ。》
頭の中へ響くようなその声に、少しだけ意識が戻る。そして、その声へ半ば無意識に従った。
ぶつん。小気味良く噛み切れたそれを数口噛み、無理やり飲み込む。味はよく分からないが、口の中に生臭みが残る。
必死に浅く長い呼吸をしていれば、何やら痛みが引いてきた。もしかしたら、もうこのまま死ぬのかもしれない。最後に食うもんは、もっと美味いものがよかった。そのまま意識が遠のく…ような気がした。
《起きろ》
生意気そうな声に目を開ければ、横倒しになった視界にタコが大きく映っていた。俺の頬を手のひらでぺちぺちと叩いていたタコは、ふんと鼻を鳴らすしぐさを見せた。
《起きたか。遅いぞ》
「…は?」
《やっと気持ち、通じるようになったな。お前、ほんとにどんかん》
困惑する俺をよそに、タコは目を細めて俺に話しかけてくる。ありえないが、そうとしか言いようがない状況だ。よく見れば、タコは一切口を動かしていない。よし、深く考えるのは一旦やめよう。
「えーと…お前、俺に何食わせた?」
《これ》
タコは触腕をのたくらせつつ、その内の1本を掴んだ。手の先の触腕は中ほどからちぎれ、断面の筋肉がぴくぴくと動いている。
《にんぎょの肉。人間にはよく効く》
「は?」
《1回食わせたけど、効かなかった。生じゃないとだめらしい》
ゆっくりと体を起こす。痛みも苦しさも何もない。むしろ疲れも全部飛んでいるようだ。この前釣り針で引っかいた小さな傷さえも、跡形もなく消えている。見下ろした視線の先で、偉そうに腰に手を当てたタコが俺を見上げている。
《いいか。おれはただのタコじゃない。何でも食べられる。だからお前、うまいもんよこせ。いのちのおんじんだぞ》
一方的にのたまうタコを掴み、手のひらに乗せた。手の内のタコは台所を眺めてから、期待するように再度俺を見上げてきた。そのつぶらな瞳は、爛々と光っている。相変わらず状況は理解しきれないままだ。それなのに、不思議と込み上げてきた笑いに、意図せず頬がほころんだ。
わかったわかった。まずは揚げ物の味から教えてやろう。ウインナーはそれからだな。
磯で拾った人面タコと、飯を食う日記 小倉 @ognra6
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