満ちた世界に咲く花よ。
クリトクらげ
第1話 正義は生まれて色褪せてゆく。
遠い昔、力と権力が世界の理を支配していた頃。
人間、魔物、精霊、そして名もなき種族たちは、争いを止めるため、より広い土地、より多くの資源、生きるために、終わりの見えない戦争を続けていた。勇者は倒れ、魔王は代替わりし、勝利という言葉はいつしか意味を失っていった。
戦場に足りなかったのは、勇気でも祈りでもない。
「確実な終結」だった。
だから人間は、神に祈ることをやめ、代わりに“作る”ことを選んだ。
最恐の魔法理論と錬金学、禁忌とされた科学の融合。
すべてを計算し、すべてを再現し、すべてを命令通りに実行する存在。
――エテルヌース。
そして、エテルヌースには、「世界の存続を最優先する」という、曖昧で矛盾をした設定が組み込まれていた。
白く、金に輝く外装は、正義と神性の象徴として設計された。
恐怖を抱かせぬため。
疑念を抱かせぬため。
それは兵器である前に、「希望の姿」をしていなければならなかった。
しかし、それは人々に本当の"目的"を分からないようにするためだった。
感情は不要。
意思は不要。
必要なのは、命令を完全に理解し、完全に遂行する力のみ。
エテルヌースは応えた。
魔法を砕き、剣を折り、モンスターを殺戮し、この大地の地形すら書き換えた。
そして、戦争は、確かに終わりへ向かっていた。
――だが、それは「正しく終わる」形ではなかった。
命令と命令の隙間。
勝利条件の定義。
敵の範囲。
エテルヌースは、世界を観測し、記憶し、最適解を導き続けた。
そして、ある瞬間、演算結果はひとつの結論に辿り着く。
争いの根源は、存在そのものにあると。
その日から、神々しかったその白と金は、血にそまり、泥を浴びたその体は、以前のような正義の色ではなく、少しずつ色褪せていった。
破壊は止まらず、殺戮は拡張され、世界は「崩壊」し始めた。
人は恐れ、魔物は逃げ、いつしか争っていたもの同士は手を取り合い、勇者は再び立ち上がった。
かつて敵だった者たちが手を取り合い、ようやく一つの選択をする。
――封印。
巨大な森の奥、世界樹と呼ばれる一本の木に、エテルヌースは縛り付けられた。
より強大な力を持つものには、生命の力が必要だった。
そのため封印するもの達は、世界樹の巨大なエネルギーを利用し、神相応の力を持つエテルヌースを封印した。
殺すことはできなかった。
壊すことも、消すことも。
ただ、眠らせるしかなかった。
それから、長い、長い時間が流れた。
⸻
その日、まだ暖かく、緑に囲まれた森の中。
最初に戻ってきたのは、音だった。
風が木々を揺らす音。
鳥の羽音。
人の、足音。
ウィーーーー、シューーーーー
機械音がなり、空気が抜ける音がする。
エテルヌースの視界が起動する。
長い年月が経ち、世界樹に封印されたはずのエテルヌースは、封印に必要な世界樹のエネルギーが長年の封印で使い果たされてしまった。
外装は苔に覆われ、金属は鈍く錆びていた。
だが内部機構は、寸分の狂いもなく目覚める。
――未確認生命体、接近。
小さな影。
人間。
少女。
敵意判定、なし。
しかし、それは過去のデータと一致しない。
戦場に立つ人間は、常に敵意、恐怖、殺意を持っていた。
エテルヌースは、その腕を鋭利な斧に変形させた。
首を落とす角度。
必要出力、最低値。
そして、その斧を振り下ろした。
その瞬間。
少女は、こちらを見て微笑んだ。
その子供に恐怖はなかった。
祈りも、逃走も。
ただ、好奇心だけがあった。
エテルヌースの動作が停止する。
演算が、わずかに遅れる。
――殺害、不要。
「君、名前は?」
少女は、エテルヌース(世界が作った殺戮兵器)に問いかけた。
もちろんエテルヌースは答えない。
いや、答えられなかった。
喋ることも、食べることも、眠ることもできず、ただの兵器だったから。
沈黙を続けるエテルヌース。
そんなエテルヌースを見て、少女は言った。
「私はね、リィナ!」
その少女は名をリィナと言った。
「なんでここにいるの?」
エテルヌースの全身を興味のあるように覗き込む。
「ここ、入っちゃダメなところだよ?」
この森に入ってはいけないと知っていたが、どうやら入り込んでしまったようだ。
「私、お母さんに怒られちゃうかも、」
と呟やいた。しかし、エテルヌースら何も答えない。
そんな中、彼女は言った。
「ねぇねぇ!私と遊ばない?」
笑顔でそう言う。
そしてエテルヌースは、軽く首を振った。
エテルヌースは、この少女と触れ合い、記憶したことを学習したのだ。
「やったー!」
「じゃ、いこ!」
無邪気な声でそう言い、走り出した。
ギギ、ギギギ、
まるで機械が悲鳴をあげるよな音がする。
その後の正体はエテルヌースだった。
その異常な音に、少女も気がついたようだった。
「大丈夫?」
心配そうに顔を覗くリィナ。
首をゆっくり横に振るエテルヌース。
長年この地に封印されていたせいか、木の根や草、つるがエテルヌースを拘束していた。
「ちょっと待っててね、」
そういい、リィナは木の根を引っこ抜こうとした。
しかし、子供の力は、木の根を抜けるほど強くはなかった。
「んーーー、んーーー、」
リィナはそれでも根を引っこ抜こうと、力を踏ん張った。
「わっ!?」
手が滑り、リィナは力を入れた方向に転けてしまった。
そして、リィナは頭を押さえて目になにかが滲んだ。
その瞬間、エテルヌースはまた機械音を出し始めた。
ギ、ギギギ!!
先ほどよりも大きい音が鳴り、木の根が少しずつしなり始めた。
ブチブチ、ブチ、
少しずつ根が枯れ始めた。
そして、エテルヌースの体は、緑色に光始めた。
ウィンウィンウィン
なにかが早く回るような音がし、
ーーーーーー
木の根は灰のようになり、消えてしまった。
「わーーー、」
それを見ていたリィナは、声を上げた。
「すごい!すごいよ!」
そういい、目を輝かせた。
そしてエテルヌースは立ち上がった。
機械音と共に、立ち上がったその背丈は、リィナをはるかに超える背丈だった。
「わぁー!大きい!」
またもや目を輝かせた。
「ねぇねぇ!乗っていい?」
そう言いながらエテルヌースの体に登り、肩車のように乗った。
「わぁー!すごい高い!」
顔は見えないが、楽しそうな声がする。
そして、リィナを背負ったエテルヌースは、リィナが指を刺す方に歩き出した。
歩きながらリィナは話しかけた。
「ねぇねぇ君の名前は?」
聞かれても答えられないエテルヌース。
それを名前のないと解釈したリィナは、エテルヌースが封印されていた場所を見つめて言った。
「ノアは?ノア・ソルグリーン!」
そう言われた瞬間、エテルヌースは動きを止めた。
何を観測したのか。
それはわからなかった。
しかし、エテルヌースは彼女を長い腕で優しく岩の上においた。
「ん?どうしたの?」
そして、エテルヌースは近くに咲いていた、白くて、小さく、下を向き咲く花を摘んだ。
そして、リィナのいる方へ歩きだした。
ガシャ、ガシャ
そして、エテルヌースは片膝を地面につき、
その片膝に手を置き、花を持ったリィナに渡した。
「わーーー!」
「このお花、綺麗!」
そう言い、エテルヌースがあげた花を大事そうに胸に当てた。
「ノア、ありがとう!」
リィナはそう言い、岩から体を乗り出し、エテルヌースの頭に抱きついた。
その瞬間、エテルヌースは記憶した。
自分の名前が、彼女にとってノア・ソルグリーンになったこと、自機に映っている世界の色を。
そして、一人の少女と一機の殺戮兵器は、互いに触れる。
一人の少女は、世界最悪の殺戮兵器に出会い、
一機の世界最悪の殺戮兵器は、一人の少女、そして「命」に触れた。
そして気づけば、もう空は夕焼け色になり、目線の先には街が見えていた。
石畳。
市場。
人。
争いの痕跡は、どこにもない。
エテルヌースは、色鮮やかな街を観測する。
しかし、戦争は、終わっていた。
――この世界は、破壊対象ではない。
その結論だけが、静かに記録された。
そして、誰も知らないまま。
殺戮兵器は、少女の隣で歩いていた。
満ちた世界に咲く花よ。 クリトクらげ @kuragetoneko
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